第四章 玉鬘の物語 宮中出仕から鬚黒邸へ
6. 玉鬘、鬚黒邸に退出
本文 |
現代語訳 |
やがて今宵、かの殿にと思しまうけたるを、かねては許されあるまじきにより、漏らしきこえたまはで、 |
そのまま今夜、あの邸にとお考えになっていたが、前もってはお許しが出ないだろうから、打ち明け申されずに、 |
「にはかにいと乱り風邪の悩ましきを、心やすき所にうち休みはべらむほど、よそよそにてはいとおぼつかなくはべらむを」 |
「急にたいそう風邪で気分が悪くなったものですから、気楽な所で休ませます間、よそに離れていてはたいそう不安でございますから」 |
と、おいらかに申しないたまひて、やがて渡したてまつりたまふ。 |
と、穏やかに申し上げなさって、そのままお移し申し上げなさる。 |
父大臣、にはかなるを、「儀式なきやうにや」と思せど、「あながちに、さばかりのことを言ひ妨げむも、人の心おくべし」と思せば、 |
父内大臣は、急なことで、「格式が欠けるようではないか」とお思いになるが、「強引に、そのくらいのことで反対するのも、気を悪くするだろう」とお思いになると、 |
「ともかくも。もとより進退ならぬ人の御ことなれば」 |
「どのようにでも。もともとわたしの自由にならないお方のことだから」 |
とぞ、聞こえたまひける。 |
と、申し上げなさるのであった。 |
六条殿ぞ、「いとゆくりなく本意なし」と思せど、などかはあらむ。女も、塩やく煙のなびきけるかたを、あさましと思せど、盗みもて行きたらましと思しなずらへて、いとうれしく心地おちゐぬ。 |
六条殿は、「あまりに急で不本意だ」とお思いになるが、どうしようもない。女も、思ってもみなかった身の上を、情けないとお思いになるが、盗んで来たらと、たいそう嬉しく安心した。 |
かの、入りゐさせたまへりしことを、いみじう怨じきこえさせたまふも、心づきなく、なほなほしき心地して、世には心解けぬ御もてなし、いよいよけしき悪し。 |
あの、お入りあそばしたことを、たいそう嫉妬申し上げなさるのも、不愉快で、やはりつまらない人のような気がして、夫婦仲は疎々しい態度で、ますます機嫌が悪い。 |
かの宮にも、さこそたけうのたまひしか、いみじう思しわぶれど、絶えて訪れず。ただ思ふことかなひぬる御かしづきに、明け暮れいとなみて過ぐしたまふ。 |
あの宮家でも、あのようにきつくおっしゃったが、たいそう後悔なさっているが、まったく音沙汰もない。ただ念願が叶ったお世話で、毎日いそしんでお過ごしになる。 |