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梅枝

第一章 光る源氏の物語 薫物合せ    

2. 二月十日、薫物合せ     

 

本文

現代語訳

 二月の十日、雨すこし降りて、御前近き紅梅盛りに、色も香も似るものなきほどに、兵部卿宮渡りたまへり。御いそぎの今日明日になりにけることども、訪らひきこえたまふ。昔より取り分きたる御仲なれば、隔てなく、そのことかのこと、と聞こえあはせたまひて、花をめでつつおはするほどに、前斎院よりとて、散りすきたる梅の枝につけたる御文持て参れり。宮、聞こしめすこともあれば、

 二月の十日、雨が少し降って、御前近くの紅梅の盛りに、色も香も他に似る物がない頃に、兵部卿宮がお越しになった。御裳着の支度が今日明日に迫ってお忙しいことについて、ご訪問なさる。昔から特別にお仲が好いので、隠し隔てなく、あの事この事、とご相談なさって、紅梅の花を賞美なさっていらっしゃるところに、前斎院からと言って、散って薄くなった梅の枝に結び付けられているお手紙を持ってまいった。宮、お聞きになっていたこともあるので、

 「いかなる御消息のすすみ参れるにか」

 「どのようなお手紙があちらから参ったのでしょうか」

 とて、をかしと思したれば、ほほ笑みて、

 とおっしゃって、興味をお持ちになっているので、にっこりして、

 「いと馴れ馴れしきこと聞こえつけたりしを、まめやかに急ぎものしたまへるなめり」

 「たいそう無遠慮なことをお願い申し上げたところ、几帳面に急いでお作りになったのでしょう」

 とて、御文は引き隠したまひつ。

 とおっしゃって、お手紙はお隠しになった。

 沈の筥に、瑠璃の坏二つ据ゑて、大きにまろがしつつ入れたまへり。心葉、紺瑠璃には五葉の枝、白きには梅を選りて、同じくひき結びたる糸のさまも、なよびやかになまめかしうぞしたまへる。

 沈の箱に、瑠璃の香壷を二つ置いて、大きく丸めてお入れになってある。心葉は、紺瑠璃のには五葉の枝を、白いのには白梅を彫って、同じように結んである糸の様子も、優美で女性的にお作りになってある。

 「艶あるもののさまかな」

 「優雅な感じのする出来ばえですね」

 とて、御目止めたまへるに、

 とおっしゃって、お目を止めなさると、

 「花の香は散りにし枝にとまらねど

   うつらむ袖に浅くしまめや」

 「花の香りは散ってしまった枝には残っていませんが、

   香を焚きしめた袖には深く残るでしょう」

 ほのかなるを御覧じつけて、宮はことことしう誦じたまふ。

 薄墨のほんのりとした筆跡を御覧になって、宮は仰々しく口ずさみなさる。

 宰相中将、御使尋ねとどめさせたまひて、いたう酔はしたまふ。紅梅襲の唐の細長添へたる女の装束かづけたまふ。御返りもその色の紙にて、御前の花を折らせてつけさせたまふ。

 宰相中将は、お使いの者を捜し出して引き止めさせなさって、たいそう酔わせなさる。紅梅襲の唐の細長を添えた女装束をお与えになる。お返事も同じ紙の色で、御前の花を折らせてお付けになる。

 宮、

 宮、

 「うちのこと思ひやらるる御文かな。何ごとの隠ろへあるにか、深く隠したまふ」

 「どんな内容か気になるお手紙ですね。どのような秘密があるのか、深くお隠しになさるな」

 と恨みて、いとゆかしと思したり。

 と恨んで、ひどく見たがっていらっしゃった。

 「何ごとかはべらむ。隈々しく思したるこそ、苦しけれ」

 「何でもありません。秘密があるようにお思いになるのが、かえって迷惑です」

 とて、御硯のついでに、

 とおっしゃって、御筆のついでに、

 「花の枝にいとど心をしむるかな

   人のとがめむ香をばつつめど」

 「花の枝にますます心を惹かれることよ

   人が咎めるだろうと隠しているが」

 とやありつらむ。

 とでもあったのであろうか。

 「まめやかには、好き好きしきやうなれど、またもなかめる人の上にて、これこそはことわりのいとなみなめれと、思ひたまへなしてなむ。いと醜ければ、疎き人はかたはらいたさに、中宮まかでさせたてまつりてと思ひたまふる。親しきほどに馴れきこえかよへど、恥づかしきところの深うおはする宮なれば、何ごとも世の常にて見せたてまつらむ、かたじけなくてなむ」

 「実のところ、物好きなようですが、二人といない娘のことですから、こうするのが当然の催しであろうと、存じましてね。たいそう不器量ですから、疎遠な方にはきまりが悪いので、中宮を御退出おさせ申し上げてと存じております。親しい間柄でお慣れ申し上げているが、気の置ける点が深くおありの宮なので、何事も世間一般の有様でお見せ申しては、恐れ多いことですから」

 など、聞こえたまふ。

 などと、申し上げなさる。

 「あえものも、げに、かならず思し寄るべきことなりけり」

 「あやかるためにも、おっしゃるとおり、きっとお考えになるはずのことなのでしたね」

 と、ことわり申したまふ。

 と、ご判断申し上げなさる。



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