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藤裏葉

第一章 夕霧の物語 雲居雁との筒井筒の恋実る    

7. 後朝の文を贈る     

 

本文

現代語訳

 御文は、なほ忍びたりつるさまの心づかひにてあるを、なかなか今日はえ聞こえたまはぬを、もの言ひさがなき御達つきじろふに、大臣渡りて見たまふぞ、いとわりなきや。

 お手紙は、やはり人目を忍んだ配慮で届けられたのを、かえって今日はお返事をお書き申し上げになれないのを、口の悪い女房たちが目引き袖引きしているところに、内大臣がお越しになって御覧になるのは、本当に困ったことよ。

 「尽きせざりつる御けしきに、いとど思ひ知らるる身のほどを。堪へぬ心にまた消えぬべきも、

 「打ち解けて下さらなかったご様子に、ますます思い知られるわが身の程よ。耐えがたいつらさに、またも死んでしまいそうだが、

  とがむなよ忍びにしぼる手もたゆみ

   今日あらはるる袖のしづくを」

  お咎め下さいますな、人目を忍んで絞る手も力なく

   今日は人目にもつきそうな袖の涙のしずくを」

 など、いと馴れ顔なり。うち笑みて、

 などと、たいそう馴れ馴れしい詠みぶりである。微笑んで、

 「手をいみじうも書きなられにけるかな」

 「筆跡もたいそう上手になられたものだなあ」

 などのたまふも、昔の名残なし。

 などとおっしゃるのも、昔の恨みはない。

 御返り、いと出で来がたげなれば、「見苦しや」とて、さも思し憚りぬべきことなれば、渡りたまひぬ。

 お返事が、直ぐに出来かねているので、「みっともないぞ」とおっしゃって、ご躊躇なっているのももっともなことなので、あちらへお行きになった。

 御使の禄、なべてならぬさまにて賜へり。中将、をかしきさまにもてなしたまふ。常にひき隠しつつ隠ろへありきし御使、今日は、面もちなど、人びとしく振る舞ふめり。右近将監なる人の、むつましう思し使ひたまふなりけり。

 お使いの者への褒禄は、並大抵でなくお与えになった。頭中将が、風情のある様にお持てなしなさる。いつも人目を忍んでは持ち運んでいたお使い、今日は顔の表情など、人かどに振る舞っているようである。右近将監である人で、親しくお使いになっている者であった。

 六条の大臣も、かくと聞こし召してけり。宰相、常よりも光添ひて参りたまへれば、うちまもりたまひて、

 六条の大臣も、これこれとお聞き知りになったのであった。宰相中将、いつもより美しさが増して、参上なさったので、じっと御覧になって、

 「今朝はいかに。文などものしつや。賢しき人も、女の筋には乱るる例あるを、人悪ろくかかづらひ、心いられせで過ぐされたるなむ、すこし人に抜けたりける御心とおぼえける。

 「今朝はどうした。手紙など差し上げたか。賢明な人でも、女のことでは失敗する話もあるが、見苦しいほど思いつめたり、じれたりせずに過ごされたのは、少し人より優れたお人柄だと思ったことだ。

 大臣の御おきての、あまりすくみて、名残なくくづほれたまひぬるを、世人も言ひ出づることあらむや。さりとても、わが方たけう思ひ顔に、心おごりして、好き好きしき心ばへなど漏らしたまふな。

 内大臣のご方針が、あまりにもかたくなで、すっかり折れてしまわれたのが、世間の人も噂するだろうよ。だからといって、自分の方が偉い顔をして、いい気になって、浮気心などをお出しなさるな。

 さこそおいらかに、大きなる心おきてと見ゆれど、下の心ばへ男々しからず癖ありて、人見えにくきところつきたまへる人なり」

 あのようにおおらかで、寛大な性格と見えるが、内心は男らしくなくねじけていて、付き合いにくいところがおありの方である」

 など、例の教へきこえたまふ。ことうちあひ、めやすき御あはひ、と思さる。

 などと、例によってご教訓申し上げなさる。釣り合いもよく、恰好のご夫婦だ、とお思いになる。

 御子とも見えず、すこしがこのかみばかりと見えたまふ。ほかほかにては、同じ顔を写し取りたると見ゆるを、御前にては、さまざま、あなめでたと見えたまへり。

 ご子息とも見えず、少しばかり年長程度にお見えである。別々に見ると、同じ顔を写し取ったように似て見えるが、御前では、それぞれに、ああ素晴らしいとお見えでいらっしゃった。

 大臣は、薄き御直衣、白き御衣の唐めきたるが、紋けざやかにつやつやと透きたるをたてまつりて、なほ尽きせずあてになまめかしうおはします。

 大臣は、薄縹色の御直衣に、白い御袿の唐風の織りが、紋様のくっきりと浮き出て艶やかに透けて見えるのをお召しになって、今もこの上なく上品で優美でいらっしゃる。

 宰相殿は、すこし色深き御直衣に、丁子染めの焦がるるまでしめる、白き綾のなつかしきを着たまへる、ことさらめきて艶に見ゆ。

 宰相殿は、少し色の濃い縹色の御直衣に、丁子染めで焦げ茶色になるまで染めた袿と、白い綾の柔らかいのを着ていらっしゃるのは、格別に優雅にお見えになる。



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