第一章 朱雀院の物語 女三の宮の婿選び
6. 女三の宮の乳母、源氏を推薦
本文 |
現代語訳 |
姫宮のいとうつくしげにて、若く何心なき御ありさまなるを見たてまつりたまふにも、 |
姫宮がとてもかわいらしげで、幼く無邪気なご様子であるのを拝見なさるにつけても、 |
「見はやしたてまつり、かつはまた、片生ひならむことをば、見隠し教へきこえつべからむ人の、うしろやすからむに預けきこえばや」 |
「はなやかにお世話して上げ、また一方では、至らないところは、見知らない体でそっと教えて上げるような人で、安心な方にお預け申したいものだ」 |
など聞こえたまふ。 |
などとお申し上げになる。 |
大人しき御乳母ども召し出でて、御裳着のほどのことなどのたまはするついでに、 |
年かさの御乳母たちを御前に召し出して、御裳着の時の事などを仰せになる折に、 |
「六条の大殿の、式部卿親王の女生ほし立てけむやうに、この宮を預かりて育まむ人もがな。ただ人の中にはありがたし。内裏には中宮さぶらひたまふ。次々の女御たちとても、いとやむごとなき限りものせらるるに、はかばかしき後見なくて、さやうの交じらひ、いとなかなかならむ。 |
「六条の大殿が、式部卿の親王の娘を育て上げたというように、この姫宮を引き取って育ててくれる人がいないものか。臣下の中ではいそうにない。主上には中宮がいらっしゃる。それに次ぐ女御たちにしても、たいそう高貴な家柄の方ばかりが揃っていられるから、しっかりした御後見役がいなくて、そのような宮廷生活は、かえってしないほうがましだろう。 |
この権中納言の朝臣の独りありつるほどに、うちかすめてこそ試みるべかりけれ。若けれど、いと警策に、生ひ先頼もしげなる人にこそあめるを」 |
この権中納言の朝臣が独身でいた時に、こっそり打診してみるべきであった。若いけれど、たいそう有能で、将来有望な人と思えるから」 |
とのたまはす。 |
と仰せになる。 |
「中納言は、もとよりいとまめ人にて、年ごろも、かのわたりに心をかけて、ほかざまに思ひ移ろふべくもはべらざりけるに、その思ひ叶ひては、いとど揺るぐ方はべらじ。 |
「中納言は、もともとたいそう生真面目な方で、長年、あの方に心を懸けて、他の女性には心を移そうともしなかったのでございますから、その願いが叶ってからは、ますますお心の動くはずがございますまい。 |
かの院こそ、なかなか、なほいかなるにつけても、人をゆかしく思したる心は、絶えずものせさせたまふなれ。その中にも、やむごとなき御願ひ深くて、前斎院などをも、今に忘れがたくこそ、聞こえたまふなれ」 |
あの院こそは、かえって、依然としてどのようなことにつけても、女性にご関心の心は、引き続きお持ちのようでいらっしゃると聞いております。その中でも、高貴な女性を得たいとのお望みが深くて、前斎院などをも、今でも忘れることができずに、お便りを差し上げていらっしゃると聞いております」 |
と申す。 |
と申し上げる。 |
「いで、その旧りせぬあだけこそは、いとうしろめたけれ」 |
「いや、その変わらない好色心が、たいそう心配だ」 |
とはのたまはすれど、 |
とは仰せになるが、 |
「げに、あまたの中にかかづらひて、めざましかるべき思ひはありとも、なほやがて親ざまに定めたるにて、さもや譲りおききこえまし」 |
「なるほど、大勢の婦人方の中に混じって、不愉快な思いをすることがあったとしても、やはり親代わりと決めたことにして、そのようにお譲り申そうか」 |
なども、思し召すべし。 |
などとも、お考えになるのだろう。 |
「まことに、少しも世づきてあらせむと思はむ女子持たらば、同じくは、かの人のあたりにこそ、触ればはせまほしけれ。いくばくならぬこの世のあひだは、さばかり心ゆくありさまにてこそ、過ぐさまほしけれ。 |
「ほんとうに、少しでも結婚させようと思うような女の子を持っていたら、同じことなら、あの院の側に、添わせたいものだ。長くもない人生では、あのように満ち足りた気持ちで、過ごしたいものだ。 |
われ女ならば、同じはらからなりとも、かならず睦び寄りなまし。若かりし時など、さなむおぼえし。まして、女の欺かれむは、いと、ことわりぞや」 |
わたしが女だったら、同じ姉弟ではあっても、きっと睦まじい仲になっていただろう。若かった時など、そのように思った。ましてや、女がだまされたりするようなのは、まことに、もっともなことだ」 |
とのたまはせて、御心のうちに、尚侍の君の御ことも、思し出でらるべし。 |
と仰せになって、御心中に、尚侍の君の御事も、自然とお思い出しになっているのであろう。 |