第六章 光る源氏の物語 女三の宮の六条院降嫁
7. 源氏、女三の宮と和歌を贈答
本文 |
現代語訳 |
今朝は、例のやうに大殿籠もり起きさせたまひて、宮の御方に御文たてまつれたまふ。ことに恥づかしげもなき御さまなれど、御筆などひきつくろひて、白き紙に、 |
今朝は、いつものようにこちらでお目覚めになって、宮の御方にお手紙を差し上げなさる。特別に気の張らないご様子であるが、お筆などを選んで、白い紙に、 |
「中道を隔つるほどはなけれども 心乱るる今朝のあは雪」 |
「わたしたちの仲を邪魔するほどではありませんが 降り乱れる今朝の淡雪にわたしの心も乱れています」 |
梅に付けたまへり。人召して、 |
梅の枝にお付けなさった。人を呼び寄せて、 |
「西の渡殿よりたてまつらせよ」 |
「西の渡殿から差し上げなさい」 |
とのたまふ。やがて見出だして、端近くおはします。白き御衣どもを着たまひて、花をまさぐりたまひつつ、「友待つ雪」のほのかに残れる上に、うち散り添ふ空を眺めたまへり。鴬の若やかに、近き紅梅の末にうち鳴きたるを、 |
とおっしゃる。そのまま外を見出して、端近くにいらっしゃる。白い御衣類を何枚もお召しになって、花を玩びなさりながら、「友待つ雪」がほのかに残っている上に、雪の降りかかる空をながめていらっしゃった。鴬が初々しい声で、軒近い紅梅の梢で鳴いているのを、 |
「袖こそ匂へ」 |
「袖が匂う」 |
と花をひき隠して、御簾押し上げて眺めたまへるさま、夢にも、かかる人の親にて、重き位と見えたまはず、若うなまめかしき御さまなり。 |
と花を手で隠して、御簾を押し上げて眺めていらっしゃる様子は、少しも、このような人の親で重い地位のお方とはお見えでなく、若々しく優美なご様子である。 |
御返り、すこしほど経る心地すれば、入りたまひて、女君に花見せたてまつりたまふ。 |
お返事が、少し暇どる感じなので、お入りになって、女君に花をお見せ申し上げなさる。 |
「花といはば、かくこそ匂はまほしけれな。桜に移しては、また塵ばかりも心分くる方なくやあらまし」 |
「花と言ったら、このように匂いがあってよいものだな。桜に移したら、少しも他の花を見る気はしないだろうね」 |
などのたまふ。 |
などとおっしゃる。 |
「これも、あまた移ろはぬほど、目とまるにやあらむ。花の盛りに並べて見ばや」 |
「この花も、多くの花に目移りしないうちに咲くから、人目を引くのであろうか。桜の花の盛りに比べてみたいものだ」 |
などのたまふに、御返りあり。紅の薄様に、あざやかにおし包まれたるを、胸つぶれて、御手のいと若きを、 |
などとおっしゃっているところに、お返事がある。紅の薄様に、はっきりと包まれているので、どきりとして、ご筆跡のまことに幼稚なのを、 |
「しばし見せたてまつらであらばや。隔つとはなけれど、あはあはしきやうならむは、人のほどかたじけなし」 |
「しばらくの間はお見せしないでおきたいものだ。隠すというのではないが、軽々しく人に見せたら、身分柄恐れ多いことだ」 |
と思すに、ひき隠したまはむも心おきたまふべければ、かたそば広げたまへるを、しりめに見おこせて添ひ臥したまへり。 |
とお思いになると、お隠しになるというのもきっと気を悪くするだろうから、片端を広げていらっしゃるのを、横目で御覧になりながら、物に寄り臥していらっしゃった。 |
「はかなくてうはの空にぞ消えぬべき 風にただよふ春のあは雪」 |
「頼りなくて中空に消えてしまいそうです 風に漂う春の淡雪のように」 |
御手、げにいと若く幼げなり。「さばかりのほどになりぬる人は、いとかくはおはせぬものを」と、目とまれど、見ぬやうに紛らはして、止みたまひぬ。 |
ご筆跡は、なるほどまことに未熟で幼稚である。「これほどの年になった人は、とてもこんなではいらっしゃらないものを」と、目につくが、見ないふりをなさって、お止めになった |
異人の上ならば、「さこそあれ」などは、忍びて聞こえたまふべけれど、いとほしくて、ただ、 |
他人のことならば、「こんなに下手な」などとは、こっそり申し上げなさるにちがいないのだが、気の毒で、ただ、 |
「心安くを、思ひなしたまへ」 |
「ご安心して、お思いなさい」 |
とのみ聞こえたまふ。 |
とだけ申し上げなさる。 |