第十章 明石の物語 男御子誕生
5. 三月十日過ぎに男御子誕生
本文 |
現代語訳 |
弥生の十余日のほどに、平らかに生まれたまひぬ。かねてはおどろおどろしく思し騷ぎしかど、いたく悩みたまふことなくて、男御子にさへおはすれば、限りなく思すさまにて、大殿も御心落ちゐたまひぬ。 |
三月の十何日のころに、無事にお生まれになった。前々は仰々しく大騒ぎしていたのだが、ひどくお苦しみになることもなくて、男の御子でさえいらっしゃったので、際限もなく望みどおりだったので、大殿もご安心なさった。 |
こなたは隠れの方にて、ただ気近きほどなるに、いかめしき御産養などのうちしきり、響きよそほしきありさま、げに「かひある浦」と、尼君のためには見えたれど、儀式なきやうなれば、渡りたまひなむとす。 |
こちらは裏側に当たっていて、端近な所であるが、盛大な御産養などがひき続き、騷ぎの仰々しい様子は、なるほど「価値ある浦」と、尼君のためには見えたが、威儀も整わないようなので、お移りになることになる。 |
対の上も渡りたまへり。白き御装束したまひて、人の親めきて、若宮をつと抱きてゐたまへるさま、いとをかし。みづからかかること知りたまはず、人の上にても見ならひたまはねば、いとめづらかにうつくしと思ひきこえたまへり。むつかしげにおはするほどを、絶えず抱きとりたまへば、まことの祖母君は、ただ任せたてまつりて、御湯殿の扱ひなどを仕うまつりたまふ。 |
対の上もいらっしゃった。白い御装束をお着けになって、まるで親のようにして、若宮をしっかりと抱いていらっしゃる様子、たいそう素晴らしい。ご自身ではこのようなことはご経験もないし、他人のことでも御覧になったことがないので、とても珍しくかわいいとお思い申し上げていらっしゃった。まだお扱いにくそうでいらっしゃる時なのを、しじゅうお抱きになっていらっしゃるので、実の祖母君は、ただお任せ申して、お湯殿のお世話などをなさる。 |
春宮の宣旨なる典侍ぞ仕うまつる。御迎湯に、おりたちたまへるもいとあはれに、うちうちのこともほの知りたるに、 |
東宮の宣旨である典侍がお湯殿に奉仕する。御迎湯の役を、ご自身がなさるのも大変に胸をうつことで、内々の事情も少しは知っているので、 |
「すこしかたほならば、いとほしからましを、あさましく気高く、げに、かかる契りことにものしたまひける人かな」 |
「少しでも欠点があれば、お気の毒であったろうに、驚くほど気品があり、なるほど、このような前世からの約束事があったお方なのだわ」 |
と見きこゆ。このほどの儀式なども、まねびたてむに、いとさらなりや。 |
と拝見する。この時の儀式の様子などを、そっくりそのまま語り伝えるのも、まったく今さららしく思われるよ。 |