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若菜上

第十一章 明石の物語 入道の手紙    

7. 御方、部屋に戻る     

 

本文

現代語訳

 「昨日も、大殿の君の、あなたにありと見置きたまひてしを、にはかにはひ隠れたらむも、軽々しきやうなるべし。身ひとつは、何ばかりも思ひ憚りはべらず。かく添ひたまふ御ためなどのいとほしきになむ、心にまかせて身をももてなしにくかるべき」

 「昨日も、大殿の君が、あちらにいると御覧になっていらっしゃったが、急に人目を避けて隠れたようなのも、軽率に見えましょう。わが身一つは、何も遠慮することはないのです。このように若宮にお付きなさっている姫君のためにお気の毒で、思いのままに身を振る舞いにくいのです」

 とて、暁に帰り渡りたまひぬ。

 と言って、暗いうちにお帰りになった。

 「若宮はいかがおはします。いかでか見たてまつるべき」

 「若宮はどうしていらっしゃいますか。何とかしてお目にかかれないのでしょうか」

 とても泣きぬ。

 と言ってまたも泣いた。

 「今見たてまつりたまひてむ。女御の君も、いとあはれになむ思し出でつつ、聞こえさせたまふめる。院も、ことのついでに、もし世の中思ふやうならば、ゆゆしきかね言なれど、尼君そのほどまでながらへたまはなむ、とのたまふめりき。いかに思すことにかあらむ」

 「すぐにお目にかかれましょう。女御の君も、とても懐かしくお思い出しになっては、お口にあそばすようです。院も、話のついでに、もし世の中が思うとおりに行ったならば、縁起でもないことを言うようだが、尼君がその時まで生き永らえていらして欲しいと、おっしゃっているようでした。どのようにお考えになってのことなのでしょうか」

 とのたまへば、またうち笑みて、

 とおっしゃると、再び笑い顔になって、

 「いでや、さればこそ、さまざま例なき宿世にこそはべれ」

 「さあ、それだからこそ、喜びも悲しみもまたと例のない運命なのです」

 とて喜ぶ。この文箱は持たせて参う上りたまひぬ。

 と言って喜ぶ。この文箱を持たせて女御の方の許に参上なさった。



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