第十四章 女三の宮の物語 蹴鞠の後宴
3. 柏木と夕霧、同車して帰る
本文 |
現代語訳 |
大将の君一つ車にて、道のほど物語したまふ。 |
大将の君と同車して、途中お話なさる。 |
「なほ、このころのつれづれには、この院に参りて、紛らはすべきなりけり」 |
「やはり、今ごろの退屈な時には、こちらの院に参上して、気晴らしすべきだ」 |
「今日のやうならむ暇の隙待ちつけて、花の折過ぐさず参れ、とのたまひつるを、春惜しみがてら、月のうちに、小弓持たせて参りたまへ」 |
「今日のような暇な日を見つけて、花の季節を逃さず参上せよと、おっしゃったが、行く春を惜しみがてらに、この月中に、小弓をお持ちになって参上ください」 |
と語らひ契る。おのおの別るる道のほど物語したまうて、宮の御事のなほ言はまほしければ、 |
と約束し合う。お互いに別れる道までお話なさって、宮のお噂がやはりしたかったので、 |
「院には、なほこの対にのみものせさせたまふなめりな。かの御おぼえの異なるなめりかし。この宮いかに思すらむ。帝の並びなくならはしたてまつりたまへるに、さしもあらで、屈したまひにたらむこそ、心苦しけれ」 |
「院におかれては、やはり東の対の御方にばかりいらっしゃるようですね。あちらの方へのご愛情が格別勝るからでしょう。こちらの宮はどのようにお思いでしょうか。院の帝が並ぶ者のないお扱いをずっとしてお上げになっていらっしゃったのに、それほどでもないので、沈み込んでいらっしゃるようなのは、お気の毒なことです」 |
と、あいなく言へば、 |
と、よけいな事を言うので、 |
「たいだいしきこと。いかでかさはあらむ。こなたは、さま変はりて生ほしたてたまへる睦びのけぢめばかりにこそあべかめれ。宮をば、かたがたにつけて、いとやむごとなく思ひきこえたまへるものを」 |
「とんでもないことです。どうしてそんなことがありましょう。こちらの御方は、普通の方とは違った事情でお育てなさったお親しさの違いがおありなのでしょう。宮を何かにつけて、たいそう大事にお思い申し上げていらっしゃいますものを」 |
と語りたまへば、 |
とお話しになると、 |
「いで、あなかま。たまへ。皆聞きてはべり。いといとほしげなる折々あなるをや。さるは、世におしなべたらぬ人の御おぼえを。ありがたきわざなりや」 |
「いや、黙って下さい。すっかり聞いております。とてもお気の毒な時がよくあるというではありませんか。実のところ、並々ならぬ御寵愛の宮ですのに。考えられないお扱いではないですか」 |
と、いとほしがる。 |
と、お気の毒がる。 |
「いかなれば花に木づたふ鴬の 桜をわきてねぐらとはせぬ |
「どうして、花から花へと飛び移る鴬は 桜を別扱いしてねぐらとしないのでしょう |
春の鳥の、桜一つにとまらぬ心よ。あやしとおぼゆることぞかし」 |
春の鳥が、桜だけにはとまらないことよ。不思議に思われることですよ」 |
と、口ずさびに言へば、 |
と、口ずさみに言うので、 |
「いで、あなあぢきなのもの扱ひや、さればよ」と思ふ。 |
「何と、つまらないおせっかいだ。やっぱり思った通りだな」と思う。 |
「深山木にねぐら定むるはこ鳥も いかでか花の色に飽くべき |
「深山の木にねぐらを決めているはこ鳥も どうして美しい花の色を嫌がりましょうか |
わりなきこと。ひたおもむきにのみやは」 |
理屈に合わない話です。そう一方的におっしゃってよいものですか」 |
といらへて、わづらはしければ、ことに言はせずなりぬ。異事に言ひ紛らはして、おのおの別れぬ。 |
と答えて、面倒なので、それ以上物を言わせないようにした。他に話をそらせて、それぞれ別れた。 |