第九章 女三の宮の物語 懐妊と密通の露見     
3. 源氏、女三の宮を見舞う   
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       本文  | 
      
       現代語訳  | 
    
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        宮は、御心の鬼に、見えたてまつらむも恥づかしう、つつましく思すに、物など聞こえたまふ御いらへも、聞こえたまはねば、日ごろの積もりを、さすがにさりげなくてつらしと思しけると、心苦しければ、とかくこしらへきこえたまふ。大人びたる人召して、御心地のさまなど問ひたまふ。  | 
      
        宮は、良心の呵責に苛まれて、お会いするのも恥ずかしく、気が引けてお思いになると、何かおっしゃるお言葉にも、お返事申し上げなさらないので、長い間会わずにいたことを、そうと言わないけれど辛くお思いになっているのだと、お気の毒なので、あれやこれやとお慰めになる。年輩の女房を召して、ご気分の様子などをお尋ねになる。  | 
    
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        「例のさまならぬ御心地になむ」  | 
      
        「普通のお身体ではいらっしゃいません」  | 
    
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       と、わづらひたまふ御ありさまを聞こゆ。  | 
      
        と、ご気分のすぐれないご様子を申し上げる。  | 
    
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        「あやしく。ほど経てめづらしき御ことにも」  | 
      
        「妙だな。今ごろになってご妊娠だとは」  | 
    
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        とばかりのたまひて、御心のうちには、  | 
      
        とだけおっしゃって、ご心中には、  | 
    
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        「年ごろ経ぬる人びとだにもさることなきを、不定なる御事にもや」  | 
      
       「長年連れ添った妻たちでさえそのようなことはなかったのに、不確かなことなので、どうなのか」  | 
    
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        と思せば、ことにともかくものたまひあへしらひたまはで、ただ、うち悩みたまへるさまのいとらうたげなるを、あはれと見たてまつりたまふ。  | 
      
        とお思いなさるので、特にあれこれとおっしゃらずに、ただ、お苦しみでいらっしゃる様子がとても痛々しげなのを、いたわしく拝見なさる。  | 
    
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        からうして思し立ちて渡りたまひしかば、ふともえ帰りたまはで、二、三日おはするほど、「いかに、いかに」とうしろめたく思さるれば、御文をのみ書き尽くしたまふ。  | 
      
        やっとのことでお思い立ちになってお越しになったので、すぐにはお帰りになることはできず、二、三日いらっしゃる間、「どうしているだろうか、どうしているだろうか」と気がかりにお思いになるので、お手紙ばかりをこまごまとお書きになる。  | 
    
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        「いつの間に積もる御言の葉にかあらむ。いでや、やすからぬ世をも見るかな」  | 
      
        「いつの間にたくさんお言葉が溜るのでしょう。まあ、何と、心配でならないこと」  | 
    
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        と、若君の御過ちを知らぬ人は言ふ。侍従ぞ、かかるにつけても胸うち騷ぎける。  | 
      
        と、若君の御過ちを知らない女房は言う。侍従だけは、このようなことにつけても胸騷ぎがするのであった。  | 
    
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        かの人も、かく渡りたまへりと聞くに、おほけなく心誤りして、いみじきことどもを書き続けて、おこせたまへり。対にあからさまに渡りたまへるほどに、人間なりければ、忍びて見せたてまつる。  | 
      
        あの人も、このようにお越しになっていると聞くと、大それた考え違いを起こして、大層な訴え事を書き綴っておよこしになった。対の屋にちょっとお渡りになっている間に、人少なであったので、こっそりとお見せ申し上げる。  | 
    
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        「むつかしきもの見するこそ、いと心憂けれ。心地のいとど悪しきに」  | 
      
        「厄介な物を見せるのは、とても辛いわ。気分がますます悪くなりますから」  | 
    
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        とて臥したまへれば、  | 
      
        と言ってお臥せになっているので、  | 
    
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        「なほ、ただ、この端書きの、いとほしげにはべるぞや」  | 
      
        「でも、ただ、このはしがきが、お気の毒な気がいたしますよ」  | 
    
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        とて広げたれば、人の参るに、いと苦しくて、御几帳引き寄せて去りぬ。  | 
      
        と言って、広げたところへ誰か参ったので、まこと困って、御几帳を引き寄せて出て行った。  | 
    
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        いとど胸つぶるるに、院入りたまへば、えよくも隠したまはで、御茵の下にさし挟みたまひつ。  | 
      
        ますます胸がどきどきしているところに、院がお入りになったので、上手にお隠しになることもできず、御褥の下にさし挟みなさった。  |