第九章 女三の宮の物語 懐妊と密通の露見
5. 源氏、柏木の手紙を発見
本文 |
現代語訳 |
まだ朝涼みのほどに渡りたまはむとて、とく起きたまふ。 |
まだ朝の涼しいうちにお帰りになろうとして、早くお起きになる。 |
「昨夜のかはほりを落として、これは風ぬるくこそありけれ」 |
「昨夜の扇を落として。これでは風がなま温いな」 |
とて、御扇置きたまひて、昨日うたた寝したまへりし御座のあたりを、立ち止まりて見たまふに、御茵のすこしまよひたるつまより、浅緑の薄様なる文の、押し巻きたる端見ゆるを、何心もなく引き出でて御覧ずるに、男の手なり。紙の香などいと艶に、ことさらめきたる書きざまなり。二重ねにこまごまと書きたるを見たまふに、「紛るべき方なく、その人の手なりけり」と見たまひつ。 |
と言って、御桧扇をお置きになって、昨日うたた寝なさった御座所の近辺を、立ち止まってお探しになると、御褥の少し乱れている端から、浅緑の薄様の手紙で、押し巻いてある端が見えるのを、何気なく引き出して御覧になると、男性の筆跡である。紙の香りなどはとても優美で、気取った書きぶりである。二枚にこまごまと書いてあるのを御覧になると、「紛れようもなく、あの人の筆跡である」と御覧になった。 |
御鏡など開けて参らする人は、見たまふ文にこそはと、心も知らぬに、小侍従見つけて、昨日の文の色と見るに、いといみじく、胸つぶつぶと鳴る心地す。御粥など参る方に目も見やらず、 |
お鏡の蓋を開けて差し上げる女房は、やはり殿が御覧になるはずの手紙であろうと、事情を知らないが、小侍従はそれを見つけて、昨日の手紙と同じ色と見ると、まことにたいそう、胸がどきどき鳴る心地がする。お粥などを差し上げる方には見向きもせず、 |
「いで、さりとも、それにはあらじ。いといみじく、さることはありなむや。隠いたまひてけむ」 |
「いいえ、いくら何でも、それはあるまい。本当に大変で、そのようなことがあろうか。きっとお隠しになったことだろう」 |
と思ひなす。 |
としいて思い込む。 |
宮は、何心もなく、まだ大殿籠もれり。 |
宮は、無心にまだお寝みになっていらっしゃった。 |
「あな、いはけな。かかる物を散らしたまひて。我ならぬ人も見つけたらましかば」 |
「何と、幼いのだろう。このような物をお散らかしになって。自分以外の人が見つけたら」 |
と思すも、心劣りして、 |
とお思いになるにつけても、見下される思いがして、 |
「さればよ。いとむげに心にくきところなき御ありさまを、うしろめたしとは見るかし」 |
「やはりそうであったか。本当に奥ゆかしいところがないご様子を、不安であると思っていたのだ」 |
と思す。 |
とお思いになる。 |