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若菜下

第九章 女三の宮の物語 懐妊と密通の露見    

6. 小侍従、女三の宮を責める  

 

本文

現代語訳

 出でたまひぬれば、人びとすこしあかれぬるに、侍従寄りて、

 お帰りになったので、女房たちが少しばらばらになったので、侍従がお側に寄って、

 「昨日の物は、いかがせさせたまひてし。今朝、院の御覧じつる文の色こそ、似てはべりつれ」

 「昨日のお手紙は、どのようにあそばしましましたか。今朝、院が御覧になっていた手紙の色が、似ておりましたが」

 と聞こゆれば、あさましと思して、涙のただ出で来に出で来れば、いとほしきものから、「いふかひなの御さまや」と見たてまつる。

 と申し上げると、意外なことと驚きなさって、涙が止めどもなく出て来るので、お気の毒に思う一方で、「何とも言いようのない方だ」と拝し上げる。

 「いづくにかは、置かせたまひてし。人びとの参りしに、ことあり顔に近くさぶらはじと、さばかりの忌みをだに、心の鬼に避りはべしを。入らせたまひしほどは、すこしほど経はべりにしを、隠させたまひつらむとなむ、思うたまへし」

 「どこに、お置きあそばしましたか。女房たちが参ったので、子細ありげに近くに控えておりまいと、ちょっとしたぐらいの用心でさえ、気が咎めますので慎重にしておりましたのに。お入りあそばしました時には、少し間がございましたが、お隠しあそばただろうと、存じておりました」

 と聞こゆれば、

 と申し上げると、

 「いさ、とよ。見しほどに入りたまひしかば、ふともえ置きあへで、さし挟みしを、忘れにけり」

 「いいえ、それがね。見ていた時にお入りになったので、すぐに起き上がることもできないで、褥に差し挟んで置いたのを、忘れてしまったの」

 とのたまふに、いと聞こえむかたなし。寄りて見れば、いづくのかはあらむ。

 とおっしゃるので、何ともまったく申し上げる言葉もない。近寄って探すが、どこにもあろうはずがない。

 「あな、いみじ。かの君も、いといたく懼ぢ憚りて、けしきにても漏り聞かせたまふことあらばと、かしこまりきこえたまひしものを。ほどだに経ず、かかることの出でまうで来るよ。すべて、いはけなき御ありさまにて、人にも見えさせたまひければ、年ごろさばかり忘れがたく、恨み言ひわたりたまひしかど、かくまで思うたまへし御ことかは。誰が御ためにも、いとほしくはべるべきこと」

 「まあ、大変。かの君も、とてもひどく恐れ憚って、素振りにもお聞かせ申されるようなことがあったら大変と、恐縮申していられたものを。まだいくらもたたないのに、もうこのような事になってしまってよ。全体、子供っぽいご様子でいらして、人にお姿をお見せあそばしたので、長年あれほどまで忘れることができず、ずっと恨み言を言い続けていらっしゃったが、こうまでなるとは存じませんでした事ですわ。どちら様のためにも、お気の毒な事でございますわ」

 と、憚りもなく聞こゆ。心やすく若くおはすれば、馴れきこえたるなめり。いらへもしたまはで、ただ泣きにのみぞ泣きたまふ。いと悩ましげにて、つゆばかりの物もきこしめさねば、

 と、遠慮もなく申し上げる。気安く子供っぽくいらっしゃるので、ずけずけと申し上げたのであろう。お答えもなさらず、ただ泣いてばかりいらっしゃる。とても苦しそうで、まったく何もお召し上がりにならないので、

 「かく悩ましくせさせたまふを、見おきたてまつりたまひて、今はおこたり果てたまひにたる御扱ひに、心を入れたまへること」

 「このようにお苦しみでいらっしゃるのを、放っていらっしゃって、今はもうすっかりお治りになったお方のお世話に、熱心でいらっしゃること」

 と、つらく思ひ言ふ。

 と、薄情に思って言う。



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