第九章 女三の宮の物語 懐妊と密通の露見
7. 源氏、手紙を読み返す
本文 |
現代語訳 |
大殿は、この文のなほあやしく思さるれば、人見ぬ方にて、うち返しつつ見たまふ。「さぶらふ人びとの中に、かの中納言の手に似たる手して書きたるか」とまで思し寄れど、言葉づかひきらきらと、まがふべくもあらぬことどもあり。 |
大殿は、この手紙をやはり不審に思わずにはいらっしゃれないので、人の見ていない方で、繰り返し御覧になる。「伺候している女房の中で、あの中納言の筆跡に似た書き方で書いたのだろうか」とまでお考えになったが、言葉遣いがはっきりしていて、本人に間違いないことがいろいろと書いてある。 |
「年を経て思ひわたりけることの、たまさかに本意かなひて、心やすからぬ筋を書き尽くしたる言葉、いと見所ありてあはれなれど、いとかくさやかには書くべしや。あたら人の、文をこそ思ひやりなく書きけれ。落ち散ることもこそと思ひしかば、昔、かやうにこまかなるべき折ふしにも、ことそぎつつこそ書き紛らはししか。人の深き用意は難きわざなりけり」 |
「長年慕い続けてきたことが、偶然に念願が叶って、心にかかってならないといった事を書き尽くした言葉は、まことに見所があって感心するが、本当に、こんなにまではっきりと書いてよいものだろうか。惜しいことに、あれほどの人が、思慮もなく手紙を書いたものだ。人目に触れることがあってはいけないと思ったので、昔、このようにこまごまと書きたい時も、言葉を簡略に簡略にして書き紛らわしたものだ。人が用心するということは難しいことなのだ」 |
と、かの人の心をさへ見落としたまひつ。 |
と、その人の心までお見下しなさった。 |