第五章 落葉宮の物語 夕霧執拗に迫る
2. 夕霧、源氏に対面
本文 |
現代語訳 |
大将の君、参りたまへるついでありて、思ひたまへらむけしきもゆかしければ、 |
大将の君が、参上なさった機会があって、悩んでいらっしゃる様子も知りたいので、 |
「御息所の忌果てぬらむな。昨日今日と思ふほどに、三年よりあなたのことになる世にこそあれ。あはれに、あぢきなしや。夕べの露かかるほどのむさぼりよ。いかでかこの髪剃りて、よろづ背き捨てむと思ふを、さものどやかなるやうにても過ぐすかな。いと悪ろきわざなりや」 |
「御息所の忌中は明けたのだろうね。昨日今日と思っているうちに、三年以上の昔になる世の中なのだ。ああ、悲しく味気ないものだ。夕方の露がかかっている間の寿命を貪っているとは。何とかこの髪を剃って、何もかも捨て去ろうと思うが、なんといつまでものんびりと過ごしていることか。まことに悪いことだ」 |
とのたまふ。 |
とおっしゃる。 |
「まことに惜しげなき人だにこそ、はべめれ」など聞こえて、「御息所の四十九日のわざなど、大和守なにがしの朝臣、一人扱ひはべる、いとあはれなるわざなりや。はかばかしきよすがなき人は、生ける世の限りにて、かかる世の果てこそ、悲しうはべりけれ」 |
「ほんとうに、惜しくない人でさえ、めいめい離れがたく思っている人の世でございましょう」などと申し上げて、「御息所の四十九日の法事など、大和守某朝臣が、独りでお世話致しますのは、とてもお気の毒なことです。しっかりした縁者がいない方は、生きている間だけのことで、このような死後は、悲しゅうございます」 |
と、聞こえたまふ。 |
と、お申し上げになる。 |
「院よりも弔らはせたまふらむ。かの皇女、いかに思ひ嘆きたまふらむ。はやう聞きしよりは、この近き年ごろ、ことに触れて聞き見るに、この更衣こそ、口惜しからずめやすき人のうちなりけれ。おほかたの世につけて、惜しきわざなりや。さてもありぬべき人の、かう亡せゆくよ。 |
「朱雀院からも御弔問があるだろう。あの内親王、どんなにお嘆きでいらっしゃるだろう。昔聞いていた時よりは、つい最近、何かにつけ聞いたり見たりするに、この更衣は、しっかりした無難な人の中に入っていた。世間一般のことにつけて、惜しいことをしたものだ。生きていてもよいと思う方が、このように亡くなってゆくことよ。 |
院も、いみじう驚き思したりけり。かの皇女こそは、ここにものしたまふ入道の宮よりさしつぎには、らうたうしたまひけれ。人ざまもよくおはすべし」 |
朱雀院も、ひどく驚きお悲しみになっていた。あの内親王は、ここにいらっしゃる入道の宮の次には、かわいがっていらっしゃった。人柄も良くいらっしゃるのだろう」 |
とのたまふ。 |
とおっしゃる。 |
「御心はいかがものしたまふらむ。御息所は、こともなかりし人のけはひ、心ばせになむ。親しううちとけたまはざりしかど、はかなきことのついでに、おのづから人の用意はあらはなるものになむはべる」 |
「お気立てはどのようでいらっしゃいましょう。御息所は、申し分のない人柄や、気立てでいらっしゃいました。親しく気をお許して接したわけではありませんでしたが、ちょっとした事の機会に、自然と人の心配りというものがよく分かるものでございます」 |
と聞こえたまひて、宮の御こともかけず、いとつれなし。 |
とお申し上げになって、宮の御事は口にかけず、まったく素知らぬふりをしている。 |
「かばかりのすくよけ心に思ひそめてむこと、諌めむにかなはじ。用ゐざらむものから、我賢しに言出でむもあいなし」 |
「これほどの一本気の性格の者が思い染めたことは、忠告しても聞き入れないだろう。聞き入れもしないだろうことを分かっていながら、自分が分別くさく口を出してもしようがない」 |
と思して止みぬ。 |
とお思いになっておやめになった。 |