第五章 落葉宮の物語 夕霧執拗に迫る
3. 父朱雀院、出家希望を諌める
本文 |
現代語訳 |
かくて御法事に、よろづとりもちてせさせたまふ。事の聞こえ、おのづから隠れなければ、大殿などにも聞きたまひて、「さやはあるべき」など、女方の心浅きやうに思しなすぞ、わりなきや。かの昔の御心あれば、君達、参で訪らひたまふ。 |
こうしてご法事に、万端を取り仕切っておさせなさる。その評判は、自然に知れることなので、大殿などにおかれてもお聞きになって、「そんなことがあって良いことか」などと、妻方が思慮が浅いようにお考えになるのは、困ったことである。あの故人とのご縁もあるので、ご子息たちも。ご法要に参集なさる。 |
誦経など、殿よりもいかめしうせさせたまふ。これかれも、さまざま劣らずしたまへれば、時の人のかやうのわざに劣らずなむありける。 |
読経など、大殿からも盛大におさせになる。誰も彼も、いろいろ負けず劣らずなさったので、時めく人のこのような法事に負けないほどであった。 |
宮は、かくて住み果てなむと思し立つことありけれど、院に、人の漏らし奏しければ、 |
宮は、このまま小野で一生を送ろうとご決心なさったことがあったが、朱雀院に、誰かがそっとお告げ申し上げたので、 |
「いとあるまじきことなり。げに、あまた、とざまかうざまに身をもてなしたまふべきことにもあらねど、後見なき人なむ、なかなかさるさまにて、あるまじき名を立ち、罪得がましき時、この世後の世、中空にもどかしき咎負ふわざなる。 |
「それはとんでもないことです。なるほど、何人とも、あれこれと身の関わりをお持ちになることは良いことではないが、後見のない人は、なまじ尼姿になってから、けしからぬ噂がたち、罪を得るような時、現世も来世も、どっちつかずの非難されるというものです。 |
ここにかく世を捨てたるに、三の宮の同じごと身をやつしたまへる、すべなきやうに人の思ひ言ふも、捨てたる身には、思ひ悩むべきにはあらねど、かならずさしも、やうのことと争ひたまはむも、うたてあるべし。 |
自分がこのように世を捨てているのに、三の宮が同じように出家なさったのを、何ともなす手がないように人が思ったり言ったりするのも、世を捨てた身には、思い悩むべきことではないが、必ずそんなにも、同じように競って出家なさるのも、感心しないことでしょう。 |
世の憂きにつけて厭ふは、なかなか人悪ろきわざなり。心と思ひ取る方ありて、今すこし思ひ静め、心澄ましてこそ、ともかうも」 |
世の辛さに負けて世を厭うのは、かえって体裁の悪いことです。自分でしっかり考えて、もう少し冷静になって、心を澄ましてから、どうなりとも」 |
とたびたび聞こえたまうけり。この浮きたる御名をぞ聞こし召したるべき。「さやうのことの思はずなるにつけて倦じたまへる」と言はれたまはむことを思すなりけり。さりとて、また、「表はれてものしたまはむもあはあはしう、心づきなきこと」と、思しながら、恥づかしと思さむもいとほしきを、「何かは、我さへ聞き扱はむ」と思してなむ、この筋は、かけても聞こえたまはざりける。 |
と度々申し上げなさった。この浮いたお噂をお耳にあそばしたのであろう。「噂のようなことが思うとおりに行かないので世をお厭いになった」と言われなさることを御心配なさったのであった。そうかといって、また、「公然と再婚なさるのも軽薄で、感心しないこと」と、お思いになりながら、恥ずかしいとお思いになるのもお気の毒なので、「どうして、自分までが噂を聞いて口出ししたりしようか」とお思いになって、このことは、全然一言もお出し申し上げなさらないのだった。 |