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夕霧

第六章 夕霧の物語 雲居雁と落葉宮の間に苦慮    

6. 夕霧と落葉宮、遂に契りを結ぶ  

 

本文

現代語訳

 かうのみ痴れがましうて出で入らむもあやしければ、今日は泊りて、心のどかにおはす。かくさへひたぶるなるを、あさましと宮は思いて、いよいよ疎き御けしきのまさるを、をこがましき御心かなと、かつは、つらきもののあはれなり。

 こうしてばかり馬鹿らしく出入りするのもみっともないので、今日は泊まって、ゆっくりとしていらっしゃる。こんなにまで一途なのを、あきれたことと宮はお思いになって、ますます疎んずる態度が増してくるのを、愚かしい意地の張りようだと、思う一方で、情けなくもおいたわしい。

 塗籠も、ことにこまかなるもの多うもあらで、香の御唐櫃、御厨子などばかりあるは、こなたかなたにかき寄せて、気近うしつらひてぞおはしける。うちは暗き心地すれど、朝日さし出でたるけはひ漏り来たるに、埋もれたる御衣ひきやり、いとうたて乱れたる御髪、かきやりなどして、ほの見たてまつりたまふ。

 塗籠も、格別こまごまとした物も多くはなくて、香の御唐櫃や、御厨子などばかりがあるのは、あちらこちらに片づけて、親しみの持てる感じに設えていらっしゃるのだった。内側は暗い感じがするが、朝日がさし昇った感じが漏れて来たので、被っていた単衣をひき払って、とてもひどく乱れていたお髪、かき上げたりなどして、わずかに拝見なさる。

 いとあてに女しう、なまめいたるけはひしたまへり。男の御さまは、うるはしだちたまへる時よりも、うちとけてものしたまふは、限りもなうきよげなり。

 まことに気品高く女性的で、優美な感じでいらっしゃった。夫君のご様子は、凛々しくしていらっしゃる時よりも、くつろいでいらっしゃる時は、限りなく美しい感じである。

 「故君の異なることなかりしだに、心の限り思ひあがり、御容貌まほにおはせずと、ことの折に思へりしけしきを思し出づれば、まして、かういみじう衰へにたるありさまを、しばしにても見忍びなむや」と思ふも、いみじう恥づかしう、とざまかうざまに思ひめぐらしつつ、わが御心をこしらへたまふ。

 「亡き夫君が特別すぐれた容貌というわけでなかったが、その彼でさえ、すっかり気位高く持って、ご器量がお美しくないと、何かの折に思っていたらしい様子をお思い出しになると、それ以上に、このようにひどく衰えた様子を、少しの間でも我慢できようか」と思うのも、ひどく恥ずかしく、あれやこれやと思案しながら、自分のお気持ちを納得させなさる。

 ただかたはらいたう、ここもかしこも、人の聞き思さむことの罪さらむ方なきに、折さへいと心憂ければ、慰めがたきなりけり。

 ただ外聞が悪く、こちらでもあちらでも、人がお聞きになってどうお思いなさろうかの罪は避けられないうえ、喪中でさえあるのがとても情けないので、気持ちの慰めようがないのであった。

 御手水、御粥など、例の御座の方に参れり。色異なる御しつらひも、いまいましきやうなれば、東面は屏風を立てて、母屋の際に香染の御几帳など、ことことしきやうに見えぬ物、沈の二階なんどやうのを立てて、心ばへありてしつらひたり。大和守のしわざなりけり。

 御手水や、お粥などを、いつものご座所の方で差し上げる。色の変わった御調度類も、縁起でもないようなので、東面には屏風を立てて、母屋との境に香染の御几帳など、大げさに見えない物、沈の二階棚などのような物を立てて、気を配って飾ってある。大和守のしたことであったのだ。

 人びとも、鮮やかならぬ色の、山吹、掻練、濃き衣、青鈍などを着かへさせ、薄色の裳、青朽葉などを、とかく紛らはして、御台は参る。女所にて、しどけなくよろづのことならひたる宮の内に、ありさま心とどめて、わづかなる下人をも言ひととのへ、この人一人のみ扱ひ行ふ。

 女房たちも、派手でない色の、山吹襲、掻練襲、濃い紫の衣、青鈍色などを着替えさせ、薄紫色の裳、青朽葉などを、何かと目立たないようにして、お食膳を差し上げる。女主人の生活で、諸事しまりなくいろいろ習慣になっていた宮邸の中で、有様に気を配って、わずかの下人たちにも声をかけてきちんとさせ、この大和守一人だけで取り仕切っている。

 かくおぼえぬやむごとなき客人のおはすると聞きて、もと勤めざりける家司など、うちつけに参りて、政所など言ふ方にさぶらひて営みけり。

 このように思いがけない高貴な来客がいらっしゃったと聞いて、もとから怠けていた家司なども、急に参上して、政所などという所に控えて仕事をするのだった。



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