第七章 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語
2. 夕霧、雲居雁の実家へ行く
本文 |
現代語訳 |
寝殿になむおはするとて、例の渡りたまふ方は、御達のみさぶらふ。若君たちぞ、乳母に添ひておはしける。 |
寝殿にいらっしゃると聞いて、いつもお帰りの時に使う部屋は、年配の女房たちだけが控えている。若君たちは、乳母と一緒にいらっしゃった。 |
「今さらに若々しの御まじらひや。かかる人を、ここかしこに落しおきたまひて。など寝殿の御まじらひは。ふさはしからぬ御心の筋とは、年ごろ見知りたれど、さるべきにや、昔より心に離れがたう思ひきこえて、今はかく、くだくだしき人の数々あはれなるを、かたみに見捨つべきにやはと、頼みきこえける。はかなき一節に、かうはもてなしたまふべくや」 |
「今になって若々しいお付き合いをなさることだ。このような子を、あちらやこちらにほって置きなさって。どうして寝殿でお話に熱中なさっているのですか。不似合いなご性格とは、長年見知っていたが、前世からの宿縁だろうか、昔から忘れられない人とお思い申し上げて、今ではこのように、手のかかった子供たちも大勢かわいくなっているのを、お互いに見捨ててよいものかと、お頼み申しているのです。ちょっとしたことで、こんなふうになさってよいものでしょうか」 |
と、いみじうあはめ恨み申したまへば、 |
と、ひどく非難しお恨み申し上げなさると、 |
「何ごとも、今はと見飽きたまひにける身なれば、今はた、直るべきにもあらぬを、何かはとて。あやしき人びとは、思し捨てずは、うれしうこそはあらめ」 |
「何もかも、もう飽き飽きしたと見限られてしまった身ですので、今さらまた、直るものでないのを、どうして直そうかと思いまして。見苦しい子供たちは、お忘れにならなければ、嬉しく思いましょう」 |
と聞こえたまへり。 |
とお答え申し上げなさった。 |
「なだらかの御いらへや。言ひもていけば、誰が名か惜しき」 |
「穏やかなお返事ですね。言い続けていったら、誰が悪く言われるでしょう」 |
とて、しひて渡りたまへともなくて、その夜はひとり臥したまへり。 |
と言って、無理にお帰りになりなさいとも言わずに、その夜は独りでお寝みになった。 |
「あやしう中空なるころかな」と思ひつつ、君たちを前に臥せたまひて、かしこにまた、いかに思し乱るらむさま、思ひやりきこえ、やすからぬ心尽くしなれば、「いかなる人、かうやうなることをかしうおぼゆらむ」など、物懲りしぬべうおぼえたまふ。 |
「変に中途半端なこのごろだ」と思いながら、子供たちを前にお寝せになって、あちらではまた、どんなにお悩みになっていらっしゃるだろう様子を、ご想像申し上げ、気の安まらない心地なので、「どのような人が、このようなことを興味もつのだろう」などと、懲り懲りした感じがなさる。 |
明けぬれば、 |
夜が明けたので、 |
「人の見聞かむも若々しきを、限りとのたまひ果てば、さて試みむ。かしこなる人びとも、らうたげに恋ひきこゆめりしを、選り残したまへる、やうあらむとは見ながら、思ひ捨てがたきを、ともかくももてなしはべりなむ」 |
「誰が見聞きしても大人げないことですから、もう最後だとおっしゃるならば、そのようにしましょう。あちらにいる子供たちも、かわいらしそうに恋い慕い申しているようでしたが、選び残されたのには、何かわけがあるのかと思いながら、放っておくことができませんから、どうなりともいたしましょう」 |
と、脅しきこえたまへば、すがすがしき御心にて、この君達をさへや、知らぬ所に率て渡したまはむ、と危ふし。姫君を、 |
と、脅し申し上げなさると、いかにもきっぱりしたご性格なので、この子供たちまで、知らない所へお連れなさるのだろうか、と心配になる。姫君を、 |
「いざ、たまへかし。見たてまつりに、かく参り来ることもはしたなければ、常にも参り来じ。かしこにも人びとのらうたきを、同じ所にてだに見たてまつらむ」 |
「さあ、いらっしゃい。お目にかかるために、このように参上するのも体裁が悪いので、いつも参上できません。あちらにも子供たちがかわいいので、せめて同じ所でお世話申そう」 |
と聞こえたまふ。まだいといはけなく、をかしげにておはす、いとあはれと見たてまつりたまひて、 |
と申し上げなさる。まだとても小さく、かわいらしくいらっしゃるのを、しみじみといとしいと拝見なさって、 |
「母君の御教へにな叶ひたまうそ。いと心憂く、思ひとる方なき心あるは、いと悪しきわざなり」 |
「母君のお言葉にお従いになってはなりませんよ。とても情けなく、物事の分別がつかないのは、とても良くないことです」 |
と、言ひ知らせたてまつりたまふ。 |
と、お教え申し上げなさる。 |