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夕霧

第七章 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語    

3. 蔵人少将、落葉宮邸へ使者  

 

本文

現代語訳

 大臣、かかることを聞きたまひて、人笑はれなるやうに思し嘆く。

 大殿は、このようなことをお聞きになって、物笑いになることとお嘆きになる。

 「しばしは、さても見たまはで。おのづから思ふところものせらるらむものを。女のかくひききりなるも、かへりては軽くおぼゆるわざなり。よし、かく言ひそめつとならば、何かは愚れて、ふとしも帰りたまふ。おのづから人のけしき心ばへは見えなむ」

 「もう少しの間、そのまま様子を見ていらっしゃらないで。自然と反省するところも生じてこようものを。女がこのように性急であるのも、かえって軽く思われるものだ。仕方ない、このように言い出したからには、どうして間抜け顔をして、おめおめとお帰りになれよう。自然と相手の様子や考えが分かるだろう」

 とのたまはせて、この宮に、蔵人少将の君を御使にてたてまつりたまふ。

 と仰せになって、この一条宮邸に、蔵人少将の君をお使いとして差し向けなさる。

 「契りあれや君を心にとどめおきて

   あはれと思ふ恨めしと聞く

 「前世からの因縁があってか、あなたのことを

  お気の毒にと思う一方で、恨めしい方だと聞いております

 なほ、え思し放たじ」

 やはり、お忘れにはなれないでしょう」

 とある御文を、少将持ておはして、ただ入りに入りたまふ。

 とあるお手紙を、少将が持っていらっしゃって、ただずんずんとお入りになる。

 南面の簀子に円座さし出でて、人びと、もの聞こえにくし。宮は、ましてわびしと思す。

 南面の簀子に円座をさし出したが、女房たちは、応対申し上げにくい。宮は、それ以上に困ったことだとお思いになる。

 この君は、なかにいと容貌よく、めやすきさまにて、のどやかに見まはして、いにしへを思ひ出でたるけしきなり。

 この君は、兄弟の中でとても器量がよく、難のない態度で、ゆったりと見渡して、昔を思い出している様子である。

 「参り馴れにたる心地して、うひうひしからぬに、さも御覧じ許さずやあらむ」

 「参上し馴れた気がして、久しぶりの感じもしませんが、そのようにはお認めいただけないでしょうか」

 などばかりぞかすめたまふ。御返りいと聞こえにくくて、

 などとだけそれとなくおっしゃる。お返事はとても申し上げにくくて、

 「われはさらにえ書くまじ」

 「わたしはとても書くことできない」

 とのたまへば、

 とおっしゃるので、

 「御心ざしも隔て若々しきやうに。宣旨書き、はた聞こえさすべきにやは」

 「お気持ちも通じず子供っぽいように思われます。代筆のお返事は、差し上げるべきではありません」

 と、集りて聞こえさすれば、まづうち泣きて、

 と寄ってたかって申し上げるので、何より先涙がこぼれて、

 「故上おはせましかば、いかに心づきなし、と思しながらも、罪を隠いたまはまし」

 「母上が生きていらっしゃったら、どんなに気にくわない、とお思いになりながらも、罪を庇ってくれたであろうに」

 と思ひ出でたまふに、涙のみつらきに先だつ心地して、書きやりたまはず。

 とお思い出しなさると、涙ばかりが辛さに先走る気がして、お書きになれない。

 「何ゆゑか世に数ならぬ身ひとつを

   憂しとも思ひかなしとも聞く」

「どういうわけで、世の中で人数にも入らない私のような身を

   辛いとも思い愛しいともお聞きになるのでしょう」

 とのみ、思しけるままに、書きもとぢめたまはぬやうにて、おしつつみて出だしたまうつ。少将は、人びと物語して、

 とだけ、お心にうかんだままに、終わりまで書かなかったような書きぶりで、ざっと包んでお出しになった。少将は、女房と話して、

 「時々さぶらふに、かかる御簾の前は、たづきなき心地しはべるを、今よりはよすがある心地して、常に参るべし。内外なども許されぬべき、年ごろのしるし現はれはべる心地なむしはべる」

 「時々お伺いしますのに、このような御簾の前では、頼りない気がいたしますが、今からは御縁のある気がして、常に参上しましょう。御簾の中にもお許しいただけそうな、長年の忠勤の結果が現れましたような気がいたします」

 など、けしきばみおきて出でたまひぬ。

 などと、思わせぶりな態度を見せてお帰りになった。



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