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夕霧

第七章 雲居雁の物語 夕霧の妻たちの物語    

4. 藤典侍、雲居雁を慰める  

 

本文

現代語訳

 いとどしく心よからぬ御けしき、あくがれ惑ひたまふほど、大殿の君は、日ごろ経るままに、思し嘆くことしげし。典侍、かかることを聞くに、

 ますますおもしろからぬご気分に、気もそぞろにうろうろなさっているうちに、大殿邸にいる女君は、何日も経るうちに、お悲しみ嘆くことしばしばである。藤典侍は、このようなことを聞くと、

 「われを世とともに許さぬものにのたまふなるに、かくあなづりにくきことも出で来にけるを」

 「わたしを長年ずっと許さないとおっしゃっていたと聞いているが、このように馬鹿にできない相手が現れたこと」

 と思ひて、文などは時々たてまつれば、聞こえたり。

 と思って、手紙などは時々差し上げていたので、お見舞い申し上げた。

 「数ならば身に知られまし世の憂さを

   人のためにも濡らす袖かな」

 「わたしが人数にも入る女でしたら夫婦仲の悲しみを思い知られましょうが

   あなたのために涙で袖をぬらしております」

 なまけやけしとは見たまへど、もののあはれなるほどのつれづれに、「かれもいとただにはおぼえじ」と思す片心ぞ、つきにける。

 何となく出過ぎた手紙だとは御覧になったが、何となくしみじみと物思いに沈んでいる時の所在なさに、「あの人もとても平気ではいられまい」とお思いになる気にも、幾分おなりになった。

 「人の世の憂きをあはれと見しかども

   身にかへむとは思はざりしを」

 「他人の夫婦仲の辛さをかわいそうにと思って見てきたが

   わが身のこととまでは思いませんでした」

 とのみあるを、思しけるままと、あはれに見る。

 とだけあるのを、お思いになったままだと、しみじみと見る。

 この、昔、御中絶えのほどには、この内侍のみこそ、人知れぬものに思ひとめたまへりしか、こと改めて後は、いとたまさかに、つれなくなりまさりたまうつつ、さすがに君達はあまたになりにけり。

 あの、昔、二人のお仲が遠ざけられていた期間は、この典侍だけを、密かにお目をかけていらっしゃったのだが、事情が変わってから後は、とてもたまさかに、冷たくおなりになるばかりであったが、そうは言っても、子供たちは大勢になったのであった。

 この御腹には、太郎君、三郎君、五郎君、六郎君、中の君、四の君、五の君とおはす。内侍は、大君、三の君、六の君、次郎君、四郎君とぞおはしける。すべて十二人が中に、かたほなるなく、いとをかしげに、とりどりに生ひ出でたまける。

 こちらがお生みになったのは、太郎君、三郎君、五郎君、六郎君、中の君、四の君、五の君といらっしゃる。藤典侍は、大君、三の君、六の君、二郎君、四郎君といらっしゃった。全部で十二人の中で、出来の悪い子供はなく、とてもかわいらしく、それぞれに大きくおなりになっていた。

 内侍腹の君達しもなむ、容貌をかしう、心ばせかどありて、皆すぐれたりける。三の君、次郎君は、東の御殿にぞ、取り分きてかしづきたてまつりたまふ。院も見馴れたまうて、いとらうたくしたまふ。

 藤典侍のお生みになった子供は、特に器量がよく、才気が見えて、みな立派であった。三の君と、二郎君は、六条院の東の御殿で、特別に引き取ってお世話申していらっしゃる。院も日頃御覧になって、とてもかわいがっていらっしゃる。

 この御仲らひのこと、言ひやるかたなく、とぞ。

 このお二方の話は、いろいろとあって語り尽くせない、とのことである。



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