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匂兵部卿

第二章 薫中将の物語 薫の厭世観と恋愛に消極的な性格    

2. 薫、出生の秘密に悩む  

 

本文

現代語訳

 幼心地にほの聞きたまひしことの、折々いぶかしう、おぼつかなう思ひわたれど、問ふべき人もなし。宮には、ことのけしきにても、知りけりと思されむ、かたはらいたき筋なれば、世とともの心にかけて、

 子供心にかすかにお聞きになったことが、時々気にかかり、どうしたことかとずっと思い続けていたが、尋ねるべき人もいない。宮には、事の一端なりとも知ってしまったと思われなさるのは、具合の悪い筋合なので、それ以来心から離れることなくて、

 「いかなりけることにかは、何の契りにて、かうやすからぬ思ひ添ひたる身にしもなり出でけむ。善巧太子の、わが身に問ひけむ悟りをも得てしがな」とぞ、独りごたれたまひける。

 「どのようなことであってか、何の因果で、このような気がかりな思いを身にまとって生まれてきたのだろうか。善巧太子が、わが身に問うている悟りを得たいものだ」と、つい独り言が漏れなさるのであった。

 「おぼつかな誰れに問はましいかにして

   初めも果ても知らぬわが身ぞ」

 「はっきりしないことだ、誰に尋ねたらよいものか

   どうして初めも終わりも分からない身の上なのだろう」

 いらふべき人もなし。ことに触れて、わが身につつがある心地するも、ただならず、もの嘆かしくのみ、思ひめぐらしつつ、「宮もかく盛りの御容貌をやつしたまひて、何ばかりの御道心にてか、にはかにおもむきたまひけむ。かく、思はずなりけることの乱れに、かならず憂しと思しなるふしありけむ。人もまさに漏り出で、知らじやは。なほ、つつむべきことの聞こえにより、我にはけしきを知らする人のなきなめり」と思ふ。

 答えることのできる人はいない。何かにつけて、自分自身に悪いところのある感じがするのも、気持ちが落ち着かず、何か物思いばかりがされ、あれこれ思案して、「母宮もこのような盛りのお姿を尼姿になさって、どのような御道心でからか、急に出家されたのだろう。このように、不本意な過ちがもとで、きっと世の中が嫌になることがあったのだろう。世間の人も漏れ聞いて、知らないはずがあろうか。やはり、隠しておかなければならないことのために、わたしには事情を知らせる人がいないようだ」と思う。

 「明け暮れ、勤めたまふやうなめれど、はかなくおほどきたまへる女の御悟りのほどに、蓮の露も明らかに、玉と磨きたまはむことも難し。五つのなにがしも、なほうしろめたきを、我、この御心地を、同じうは後の世をだに」と思ふ。「かの過ぎたまひけむも、やすからぬ思ひに結ぼほれてや」など推し量るに、世を変へても対面せまほしき心つきて、元服はもの憂がりたまひけれど、すまひ果てず、おのづから世の中にもてなされて、まばゆきまではなやかなる御身の飾りも、心につかずのみ、思ひしづまりたまへり。

 「朝晩、勤行なさっているようだが、とりとめもなくおっとりしていらっしゃる女のお悟りの状態では、蓮の露も明らかなように、玉と磨きなさることも難しい。五つの障害も、やはり不安だが、わたしが、このお志を、同じことならせめて来世を」と思う。「あの亡くなったという方も、辛い思いに迷いが解けないでいるのではないか」などと推量するが、生まれ変わってでもお会いしたい気がして、元服は気がお進みにならなかったが、辞退しきれず、自然と世間から大事にされて、眩しいほど華やかなご身辺も、一向に気に染まず、ひっこみ思案でいらっしゃった。



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