TOP  総目次  源氏物語目次   前へ 次へ
竹河

第二章 玉鬘邸の物語 梅と桜の季節の物語    

5. 三月、花盛りの玉鬘邸の姫君たち   

 

本文

現代語訳

 弥生になりて、咲く桜あれば、散りかひくもり、おほかたの盛りなるころ、のどやかにおはする所は、紛るることなく、端近なる罪もあるまじかめり。

 三月になって、咲く桜がある一方で、空も覆うほど散り乱れ、ほぼ桜の盛りのころ、のんびりとしていらっしゃるところは、さしたる用事もなく、端近に出ても非難されないようである。

 そのころ、十八、九のほどやおはしけむ、御容貌も心ばへも、とりどりにぞをかしき。姫君は、いとあざやかに気高う、今めかしきさましたまひて、げに、ただ人にて見たてまつらむは、似げなうぞ見えたまふ。

 その当時、十八、九歳くらいでいらっしゃったろうか、ご器量も気立ても、それぞれに素晴らしい。姫君は、とても際立って気品があり、はなやかでいらして、なるほど、臣下の人に縁づけ申すのは、ふさわしくなくお見えである。

 桜の細長、山吹などの、折にあひたる色あひの、なつかしきほどに重なりたる裾まで、愛敬のこぼれ落ちたるやうに見ゆる、御もてなしなども、らうらうじく、心恥づかしき気さへ添ひたまへり。

 桜の細長に、山吹襲などで、季節にあった色合いがやさしい感じに重なっている裾まで、愛嬌があふれ出ているように見える、そのお振る舞いなども、洗練されて、気圧されるような感じまでが加わっていらっしゃった。

 今一所は、薄紅梅に、桜色にて、柳の糸のやうに、たをたをとたゆみ、いとそびやかになまめかしう、澄みたるさまして、重りかに心深きけはひは、まさりたまへれど、匂ひやかなるけはひは、こよなしとぞ人思へる。

 もうお一方は、薄紅梅に、桜色で、柳の枝のように、しなやかに、たいそうすらっとして優美に、落ち着いた物腰で、重々しく奥ゆかしい感じは、勝っていらっしゃるが、はなやかな感じは、この上ないと女房は思っていた。

 碁打ちたまふとて、さし向ひたまへる髪ざし、御髪のかかりたるさまども、いと見所あり。侍従の君、見証したまふとて、近うさぶらひたまふに、兄君たちさしのぞきたまひて、

 碁をお打ちなさろうとして、向かい合っていらっしゃる髪の生え際、髪の垂れかかっている具合など、たいそう見所がある。侍従の君が、審判をなさろうとして、近くに伺候なさると、兄君たちがお覗きになって、

 「侍従のおぼえ、こよなうなりにけり。御碁の見証許されにけるをや」

 「侍従の寵愛は、大したものになったね。碁の審判を許されたとはね」

 とて、おとなおとなしきさましてついゐたまへば、御前なる人びと、とかうゐなほる。中将、

 と言って、大人ぶった態度でお座りになったので、御前の女房たちは、あれこれ居ずまいを正す。中将が、

 「宮仕へのいそがしうなりはべるほどに、人に劣りにたるは、いと本意なきわざかな」

 「宮仕えが忙しくなりましたので、弟に出し抜かれたのは、まことに残念なことだなあ」

 と愁へたまへば、

 と愚痴をおこぼしになると、

 「弁官は、まいて、私の宮仕へおこたりぬべきままに、さのみやは思し捨てむ」

 「弁官は、それ以上に、家でのご奉公はお留守になってしまうからと、そうお見捨てではありますまい」

 など申したまふ。碁打ちさして、恥ぢらひておはさうずる、いとをかしげなり。

 などと申し上げなさる。碁を打つのを止めて、恥ずかしがっていらっしゃる、たいそう美しい感じである。

 「内裏わたりなどまかりありきても、故殿おはしまさましかば、と思ひたまへらるること多くこそ」

 「宮中辺りなどに出歩きましても、亡き殿がいらっしゃったら、と存じられますことが多くて」

 など、涙ぐみて見たてまつりたまふ。二十七、八のほどにものしたまへば、いとよくととのひて、この御ありさまどもを、「いかで、いにしへ思しおきてしに、違へずもがな」と思ひゐたまへり。

 などと、涙ぐんで拝し上げなさる。二十七、八歳くらいでいらっしゃったので、とても恰幅よくて、姫君たちのご様子を、「何とかして、昔父君がお考えになっていた通りに、したいものだ」と思っていらっしゃった。

 御前の花の木どもの中にも、匂ひまさりてをかしき桜を折らせて、「他のには似ずこそ」など、もてあそびたまふを、

 お庭先の花の木々の中でも、色合いの優れて美しい桜を折らせて、「他の桜とは違っている」などと、もて遊んでいらっしゃるのを、

 「幼くおはしましし時、この花は、わがぞ、わがぞと、争ひたまひしを、故殿は、姫君の御花ぞと定めたまふ。上は、若君の御木と定めたまひしを、いとさは泣きののしらねど、やすからず思ひたまへられしはや」とて、「この桜の老木になりにけるにつけても、過ぎにける齢を思ひたまへ出づれば、あまたの人に後れはべりにける、身の愁へも、止めがたうこそ」

 「お小さくいらした時、この花は、わたしのよ、わたしのよと、お争いになったが、故殿は、姫君のお花だとお決めになる。母上は、若君のお花だとお決めになったが、それをひどくそんなには泣き叫んだりしませんでしたが、おもしろくなく存じられましたよ」と言って、「この桜が老木になったにつけても、過ぎ去った歳月を思い出されますので、大勢の人に先立たれてしまった身の悲しみも、きりがございません」

 など、泣きみ笑ひみ聞こえたまひて、例よりはのどやかにおはす。人の婿になりて、心静かにも今は見えたまはぬを、花に心とどめてものしたまふ。

 などと、泣いたり笑ったりしながら申し上げなさって、いつもよりはのんびりとしていらっしゃる。他の家の婿となって、ゆっくりとは今ではお見えにならないが、花に心を惹かれておいでである。



TOP  総目次  源氏物語目次 ページトップへ  前へ 次へ