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総角

第一章 大君の物語 薫と大君の実事なき暁の別れ   

8. 大君、妹の中の君を薫にと思う   

 

本文

現代語訳

 姫宮は、人の思ふらむことのつつましきに、とみにもうち臥されたまはで、「頼もしき人なくて世を過ぐす身の心憂きを、ある人どもも、よからぬこと何やかやと、次々に従ひつつ言ひ出づめるに、心よりほかのことありぬべき世なめり」と思しめぐらすには、

 姫宮は、女房がどう思っているだろうかと気が引けるので、すぐには横におなりになれず、「頼みにする親もなくて世の中を生きてゆく身の上のつらさを、仕えている女房連中も、つまらない縁談の事を何やかやと、次々に従って言い出すようだから、望みもしない結婚になってしまいそうだ」と思案なさる一方で、

 「この人の御けはひありさまの、疎ましくはあるまじく、故宮も、さやうなる御心ばへあらばと、折々のたまひ思すめりしかど、みづからは、なほかくて過ぐしてむ。我よりはさま容貌も盛りにあたらしげなる中の宮を、人なみなみに見なしたらむこそうれしからめ。人の上になしては、心のいたらむ限り思ひ後見てむ。みづからの上のもてなしは、また誰れかは見扱はむ。

 「この人のご様子や態度が、疎ましくはなさそうだし、故宮も、そのような気持ちがあったらと、時々おっしゃりお考えのようだったが、自分自身は、やはりこのように独身で過ごそう。自分よりは容姿も容貌も盛りで惜しい感じの中の宮を、人並みに結婚させたほうが嬉しいだろう。妹の身の上のことなら、心の及ぶ限り後見しよう。自分の身の世話は、他に誰が見てくれようか。

 この人の御さまの、なのめにうち紛れたるほどならば、かく見馴れぬる年ごろのしるしに、うちゆるぶ心もありぬべきを、恥づかしげに見えにくきけしきも、なかなかいみじくつつましきに、わが世はかくて過ぐし果ててむ」

 この人のお振舞が、いい加減ででたらめならば、このように親しんできた年月のせいで、気を緩める気持ちもありそうなのだが、立派すぎて近づきがたい感じなのも、かえってひどく気後れするので、自分の人生はこうして独身で終えよう」

 と思ひ続けて、音泣きがちに明かしたまへるに、名残いと悩ましければ、中の宮の臥したまへる奥の方に添ひ臥したまふ。

 と思い続けて、つい声を立てて泣き泣き夜を明かしなさったが、そのため気分がとても悪いので、中の宮が臥していらっしゃった奥の方に添ってお臥せりになる。

 例ならず、人のささめきしけしきもあやしと、この宮は思しつつ寝たまへるに、かくておはしたれば、うれしくて、御衣ひき着せたてまつりたまふに、御移り香の紛るべくもあらず、くゆりかかる心地すれば、宿直人がもて扱ひけむ思ひあはせられて、「まことなるべし」と、いとほしくて、寝ぬるやうにてものものたまはず。

 いつもと違って、女房がささやいている様子が変だと、この宮はお思いになりながら寝ていらっしゃったが、こうしていらっしゃったので、嬉しくて、御衣を引き掛けて差し上げなさると、御移り香が隠れようもなく、薫ってくる感じがするので、宿直人がもてあましていたことが思い合わされて、「ほんとうなのだろう」と、お気の毒に思って、眠ってしまったようにして何もおっしゃらない。

 客人は、弁のおもと呼び出でたまひて、こまかに語らひおき、御消息すくすくしく聞こえおきて出でたまひぬ。「総角を戯れにとりなししも、心もて、尋ばかりの隔ても対面しつるとや、この君も思すらむ」と、いみじく恥づかしければ、心地悪しとて、悩み暮らしたまひつ。人びと、

 客人は、弁のおもとを呼び出しなさって、こまごまと頼みこんで、ご挨拶をしかつめらしく申し上げおいてお出になった。「総角の歌を戯れの冗談にとりなしても、自分から、一尋ほどの隔てはあったにしてもお会いしたものと、この君もお思いだろう」と、ひどく恥ずかしいので、気分が悪いといって、一日中横になっていらっしゃった。女房たちは、

 「日は残りなくなりはべりぬ。はかばかしく、はかなきことをだに、また仕うまつる人もなきに、折悪しき御悩みかな」

 「法事までの日数が少なくなりました。しっかりと、ちょっとしたことでさえも、他にお世話いたす人もいないので、あいにくのご病気ですこと」

 と聞こゆ。中の宮、組などし果てたまひて、

 と申し上げる。中の宮は、組紐など作り終えなさって、

 「心葉など、えこそ思ひよりはべらね」

 「心葉などを、どうしてよいか分かりません」

 と、せめて聞こえたまへば、暗くなりぬる紛れに起きたまひて、もろともに結びなどしたまふ。中納言殿より御文あれど、

 と、無理におせがみ申し上げなさるので、暗くなったのに紛れてお起きになって、一緒に結んだりなどなさる。中納言殿からお手紙があるが、

 「今朝よりいと悩ましくなむ」

 「今朝からとても気分が悪くて」

 とて、人伝てにぞ聞こえたまふ。

 と言って、人を介してお返事申し上げなさる。

 「さも、見苦しく、若々しくおはす」

 「いかにも、見苦しく、子供っぽくいらっしゃいます」

 と、人びとつぶやききこゆ。

 と、女房たちはぶつぶつ申し上げる。



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