第三章 中の君の物語 中の君と匂宮との結婚
8. 匂宮と中の君、結婚第三夜
本文 |
現代語訳 |
「三日にあたる夜、餅なむ参る」と人びとの聞こゆれば、「ことさらにさるべき祝ひのことにこそは」と思して、御前にてせさせたまふも、たどたどしく、かつは大人になりておきてたまふも、人の見るらむこと憚られて、面うち赤めておはするさま、いとをかしげなり。このかみ心にや、のどかに気高きものから、人のためあはれに情け情けしくぞおはしける。 |
「三日に当たる夜は、餅を召し上がるものです」と女房たちが申し上げるので、「特別にしなければならない祝いなのだ」とお思いになって、御前でお作らせなさるのも、分からないことばかりで、一方では親代わりになってお命じになるのも、女房がどう思うかとつい気が引けて、顔を赤らめていらっしゃる様子、まこと美しい感じである。姉のせいでか、おっとりと気高いが、妹君のためにしみじみとした情愛がおありであった。 |
中納言殿より、 |
中納言殿から、 |
「昨夜、参らむと思たまへしかど、宮仕への労も、しるしなげなる世に、思たまへ恨みてなむ。今宵は雑役もやと思うたまふれど、宿直所のはしたなげにはべりし乱り心地、いとど安からで、やすらはれはべり」 |
「昨夜、参ろうと思っておりましたが、せっかくご奉公に励んでも、何の効もなさそうなあなた様なので、恨めしく存じます。今夜は雑役でもと存じますが、宿直所が体裁悪くございました気分が、ますますよろしくなく、ぐずぐずいたしております」 |
と、陸奥紙におひつぎ書きたまひて、まうけのものども、こまやかに、縫ひなどもせざりける、いろいろおし巻きなどしつつ、御衣櫃あまた懸籠入れて、老い人のもとに、「人びとの料に」とて賜へり。宮の御方にさぶらひけるに従ひて、いと多くもえ取り集めたまはざりけるにやあらむ、ただなる絹綾など、下には入れ隠しつつ、御料とおぼしき二領。いときよらにしたるを、単衣の御衣の袖に、古代のことなれど、 |
と、陸奥紙にきちんとお書きになって、準備の品々を、こまごまと、縫いなどしてない布地に、色とりどりに巻いたりして、御衣櫃をたくさん懸籠に入れて、老女のもとに、「女房たちの用に」といってお与えになった。宮の御方のもとにあった有り合わせの品々で、たいして多くはお集めになれなかったのであろうか、加工してない絹や綾などを、下に隠し入れて、お召し物とおぼしき二領。たいそう美しく加工してあるのを、単重の御衣の袖に古風な趣向であるが、 |
「小夜衣着て馴れきとは言はずとも かことばかりはかけずしもあらじ」 |
「小夜衣を着て親しくなったとは言いませんが いいがかりくらいはつけないでもありません」 |
と、脅しきこえたまへり。 |
と、脅し申し上げなさった。 |
こなたかなた、ゆかしげなき御ことを、恥づかしくいとど見たまひて、御返りにもいかがは聞こえむと、思しわづらふほど、御使かたへは、逃げ隠れにけり。あやしき下人をひかへてぞ、御返り賜ふ。 |
この方あの方とも、奥ゆかしさをなくした御身を、ますます恥ずかしくお思いになって、お返事をどのように申し上げようかと、お困りになっている時、お使いのうち何人かは、逃げ隠れてしまったのであった。卑しい下人を呼びとめて、お返事をお与えになる。 |
「隔てなき心ばかりは通ふとも 馴れし袖とはかけじとぞ思ふ」 |
「隔てない心だけは通い合いましょうとも 馴れ親しんだ仲などとはおっしゃらないでください」 |
心あわたたしく思ひ乱れたまへる名残に、いとどなほなほしきを、思しけるままと、待ち見たまふ人は、ただあはれにぞ思ひなされたまふ。 |
気ぜわしくいろいろと思い悩んでいらっしゃった後のために、ますますいかにも平凡なのを、お心のままと、待って御覧になる方は、ただしみじみとお思いになられる。 |