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第四章 中の君の物語 匂宮と中の君、朝ぼらけの宇治川を見る   

1. 明石中宮、匂宮の外出を諌める   

 

本文

現代語訳

 宮は、その夜、内裏に参りたまひて、えまかでたまふまじげなるを、人知れず御心も空にて思し嘆きたるに、中宮、

 宮は、その夜、内裏に参りなさって、退出しがたそうなのを、ひそかにお心も上の空でお嘆きになっていたが、中宮が、

 「なほ、かく独りおはしまして、世の中に、好いたまへる御名のやうやう聞こゆる、なほ、いと悪しきことなり。何事ももの好ましく、立てたる御心なつかひたまひそ。上もうしろめたげに思しのたまふ」

 「依然として、このように独身でいらして、世間に、好色でいらっしゃるご評判がだんだんと聞こえてくるのは、やはり、とてもよくないことです。何事にも風流が過ぎて、評判を立てるようなことをなさいますな。主上も不安にお思いおっしゃっています」

 と、里住みがちにおはしますを諌めきこえたまへば、いと苦しと思して、御宿直所に出でたまひて、御文書きてたてまつれたまへる名残も、いたくうち眺めておはしますに、中納言の君参りたまへり。

 と、里住みがちでいらっしゃるのをお諌め申し上げなさると、まことに辛いとお思いになって、御宿直所にお出になって、お手紙を書いて差し上げなさったその後も、ひどく物思いに耽っていらっしゃるところに、中納言の君が参上なさった。

 そなたの心寄せと思せば、例よりもうれしくて、

 あの姫君のお味方とお思いになると、いつもより嬉しくて、

 「いかがすべき。いとかく暗くなりぬめるを、心も乱れてなむ」

 「どうしよう。とてもこのように暗くなってしまったようだが、気がいらいらして」

 と、嘆かしげに思したり。「よく御けしきを見たてまつらむ」と思して、

 と、嘆かしくお思いになっていた。「よくご本心をお確かめ申したい」とお思いになって、

 「日ごろ経て、かく参りたまへるを、今宵さぶらはせたまはで、急ぎまかでたまひなむ、いとどよろしからぬことにや思しきこえさせたまはむ。台盤所の方にて承りつれば、人知れず、わづらはしき宮仕へのしるしに、あいなき勘当にやはべらむと、顔の色違ひはべりつる」

 「久しぶりに、こうして参内なさったのに、今夜伺候あそばさないで、急いで退出なさるのは、ますますけしからぬこととお思いあそばしましょう。台盤所の方で伺ったところ、ひそかに、厄介なご用をお勤め申したために、受けなくてもよいお叱りもございましょうかと、顔が青くなりました」

 と申したまへば、

 と申し上げなさると、

 「いと聞きにくくぞ思しのたまふや。多くは人のとりなすことなるべし。世に咎めあるばかりの心は、何事にかは、つかふらむ。所狭き身のほどこそ、なかなかなるわざなりけれ」

 「まことに聞き憎いことをおっしゃいますね。多くは誰かが中傷するのでしょう。世間から非難を受けるような料簡は、どうして、起こそうか。窮屈なご身分など、かえってないほうがましだ」

 とて、まことに厭はしくさへ思したり。

 とおっしゃって、ほんとうに厭わしくさえお思いであった。

 いとほしく見たてまつりたまひて、

 お気の毒に拝しなさって、

 「同じ御騒がれにこそはおはすなれ。今宵の罪には代はりきこえて、身をもいたづらになしはべりなむかし。木幡の山に馬はいかがはべるべき。いとどものの聞こえや障り所なからむ」

 「同じご不興でいらっしゃいましょう。今夜のお咎めは代わり申し上げて、我が身をも滅ぼしましょう。木幡の山に馬はいかがでございましょう。ますます世間の噂が避けようもないでしょう」

 と聞こえたまへば、ただ暮れに暮れて更けにける夜なれば、思しわびて、御馬にて出でたまひぬ。

 と申し上げなさるので、ただもうすっかり暮れて更けてしまった夜なので、お困りになって、お馬でお出かけになった。

 「御供には、なかなか仕うまつらじ。御後見を」

 「お供は、かえっていたしますまい。後始末をしよう」

 とて、この君は内裏にさぶらひたまふ。

 と言って、この君は内裏にお残りになる。



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