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宿木

第三章 中君の物語 匂宮と六の君の婚儀   

1. 匂宮と六の君の婚儀     

 

本文

現代語訳

 右の大殿には、六条院の東の御殿磨きしつらひて、限りなくよろづを整へて待ちきこえたまふに、十六日の月やうやうさし上がるまで心もとなければ、いとしも御心に入らぬことにて、いかならむと、やすからず思ほして、案内したまへば、

 右の大殿邸では、六条院の東の御殿を磨き飾って、この上なく万事を整えてお待ち申し上げなさるが、十六日の月がだんだん高く昇るまで見えないので、たいしてお気に入りでもない結婚なので、どうなのだろうと、ご心配になって、様子を探って御覧になると、

 「この夕つ方、内裏より出でたまひて、二条院になむおはしますなる」

 「この夕方、宮中から退出なさって、二条院にいらっしゃるという」

 と、人申す。思す人持たまへればと、心やましけれど、今宵過ぎむも人笑へなるべければ、御子の頭中将して聞こえたまへり。

 と、人が申す。お気に入りの人がおありなのでと、おもしろくないけれども、今夜が過ぎてしまうのも物笑いになるだろうから、ご子息の頭中将を使いとして申し上げなさった。

 「大空の月だに宿るわが宿に

   待つ宵過ぎて見えぬ君かな」

 「大空の月でさえ宿るわたしの邸にお待ちする

   宵が過ぎてもまだお見えにならないあなたですね」

 宮は、「なかなか今なむとも見えじ、心苦し」と思して、内裏におはしけるを、御文聞こえたまへりけり。御返りやいかがありけむ、なほいとあはれに思されければ、忍びて渡りたまへりけるなりけり。らうたげなるありさまを、見捨てて出づべき心地もせず、いとほしければ、よろづに契り慰めて、もろともに月を眺めておはするほどなりけり。

 宮は、「かえって今日が結婚式だと知らせまい、お気の毒だ」とお思いになって、内裏にいらっしゃった。お手紙を差し上げたお返事はどうあったのだろうか、やはりとてもかわいそうに思われなさったので、こっそりとお渡りになったのであった。かわいらしい様子を、見捨ててお出かけになる気もせず、いとおしいので、いろいろと将来を約束し慰めて、ご一緒に月を眺めていらっしゃるところであった。

 女君は、日ごろもよろづに思ふこと多かれど、いかでけしきに出ださじと念じ返しつつ、つれなく覚ましたまふことなれば、ことに聞きもとどめぬさまに、おほどかにもてなしておはするけしき、いとあはれなり。

 女君は、日頃もいろいろとお悩みになることが多かったが、何とかして表情に表すまいと我慢なさっては、さりげなく心静めていらっしゃることなので、特にお耳に入れないふうに、おっとりと振る舞っていらっしゃる様子は、まことにおいたわしい。

 中将の参りたまへるを聞きたまひて、さすがにかれもいとほしければ、出でたまはむとて、

 中将が参上なさったのをお聞きになって、そうはいってもあちらもお気の毒なので、お出かけになろうとして、

 「今、いと疾く参り来む。一人月な見たまひそ。心そらなればいと苦しき」

 「今、直ぐに帰って来ます。独りで月を御覧なさいますな。上の空の思いでとても辛い」

 と聞こえおきたまひて、なほかたはらいたければ、隠れの方より寝殿へ渡りたまふ、御うしろでを見送るに、ともかくも思はねど、ただ枕の浮きぬべき心地すれば、「心憂きものは人の心なりけり」と、我ながら思ひ知らる。

 と申し上げおきなさって、やはり見ていられないので、物蔭を通って寝殿へお渡りになる、その後ろ姿を見送るにつけ、あれこれ思わないが、ただ枕が浮いてしまいそうな気がするので、「嫌なものは人の心であった」と、自分のことながら思い知られる。



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