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宿木

第二章 中君の物語 中君の不安な思いと薫の同情   

9. 薫、二条院を退出して帰宅     

 

本文

現代語訳

 日さし上がりて、人びと参り集まりなどすれば、あまり長居もことあり顔ならむによりて、出でたまひなむとて、

 日が昇って、人びとが参集して来るので、あまり長居するのも何かわけがありそうにとられるので、お出になろうとして、

 「いづこにても、御簾の外にはならひはべらねば、はしたなき心地しはべりてなむ。今また、かやうにもさぶらはむ」

 「どこでも、御簾の外は馴れておりませんので、体裁の悪い気がしました。いずれまた、このようにお伺いしましょう」

 とて立ちたまひぬ。「宮の、などかなき折には来つらむ」と思ひたまひぬべき御心なるもわづらはしくて、侍の別当なる、右京大夫召して、

 と言ってお立ちになった。「宮が、どうして不在の折に来たのだろう」ときっと想像するにちがいないご性質なのもやっかいなので、侍所の別当である右京大夫を呼んで、

 「昨夜まかでさせたまひぬと承りて参りつるを、まだしかりければ口惜しきを。内裏にや参るべき」

 「昨夜退出あそばしたと承って参上したが、まだであったので残念であった。内裏に参ったほうがよかったろうか」

 とのたまへば、

 とおっしゃると、

 「今日は、まかでさせたまひなむ」

 「今日は、退出あそばしましょう」

 と申せば、

 と申し上げるので、

 「さらば、夕つ方も」

 「それでは、夕方にでも」

 とて、出でたまひぬ。

 と言って、お出になった。

 なほ、この御けはひありさまを聞きたまふたびごとに、などて昔の人の御心おきてをもて違へて、思ひ隈なかりけむと、悔ゆる心のみまさりて、心にかかりたるもむつかしく、「なぞや、人やりならぬ心ならむ」と思ひ返したまふ。そのままにまだ精進にて、いとどただ行なひをのみしたまひつつ、明かし暮らしたまふ。

 やはり、この方のお感じやご様子をお聞きになるたびごとに、どうして亡くなった姫君のお考えに背いて、考えもなく譲ってしまったのだろうと、後悔する気持ちばかりがつのって、忘れられないのもうっとうしいので、「どうして、自ら求めて悩まねばならない性格なのだろう」と反省なさる。そのまままだ精進生活で、ますますただひたすら勤行ばかりなさっては、日をお過ごしになる。

 母宮の、なほいとも若くおほどきて、しどけなき御心にも、かかる御けしきを、いとあやふくゆゆしと思して、

 母宮が、依然としてとても若くおっとりして、はきはきしないお方でも、このようなご様子を、まことに危なく不吉であるとお思いになって、

 「幾世しもあらじを、見たてまつらむほどは、なほかひあるさまにて見えたまへ。世の中を思ひ捨てたまはむをも、かかる容貌にては、さまたげきこゆべきにもあらぬを、この世の言ふかひなき心地すべき心惑ひに、いとど罪や得むとおぼゆる」

 「もう先が長くないので、お目にかかっている間は、やはり嬉しい姿を見せてください。世の中をお捨てになるのも、このような出家の身では、反対申し上げるべきことではないが、この世が話にもならない気がしましょう、その心迷いに、ますます罪を得ようかと思われます」

 とのたまふが、かたじけなくいとほしくて、よろづを思ひ消ちつつ、御前にてはもの思ひなきさまを作りたまふ。

 とおっしゃるのが、もったいなくおいたわしいので、何もかも思いを忘れては、御前では物思いのない態度を作りなさる。



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