第四章 薫の物語 中君に同情しながら恋慕の情高まる
7. 薫、自制して退出する
本文 |
現代語訳 |
近くさぶらふ女房二人ばかりあれど、すずろなる男のうち入り来たるならばこそは、こはいかなることぞとも、参り寄らめ、疎からず聞こえ交はしたまふ御仲らひなめれば、さるやうこそはあらめと思ふに、かたはらいたければ、知らず顔にてやをらしぞきぬるに、いとほしきや。 |
近くに伺候している女房が二人ほどいるが、何の関係のない男が入って来たのならば、これはどうしたことかと、近寄り集まろうが、親しくご相談し合っている仲のようなので、何か子細があるのだろうと思うと、側にいずらいので、知らない顔をしてそっと離れて行ったのは、お気の毒なことだ。 |
男君は、いにしへを悔ゆる心の忍びがたさなども、いと静めがたかりぬべかめれど、昔だにありがたかりし心の用意なれば、なほいと思ひのままにももてなしきこえたまはざりけり。かやうの筋は、こまかにもえなむまねび続けざりける。かひなきものから、人目のあいなきを思へば、よろづに思ひ返して出でたまひぬ。 |
男君は、昔を後悔する心の堪えがたさなども、とても静め難いようであるが、昔でさえめったになかったお心配りなので、やはりとても思いのままにも無体な振る舞いはなさらないのだった。このような場面は、詳細に語り続けることはできないのであった。不本意ながら、人目の悪いことを思うと、あれやこれやと思い返してお出になった。 |
まだ宵と思ひつれど、暁近うなりにけるを、見とがむる人もやあらむと、わづらはしきも、女の御ためのいとほしきぞかし。 |
まだ宵とは思っていたが、暁近くになったのを、見咎める人もあろうかと、厄介なのも、女方の御ためにはお気の毒である。 |
「悩ましげに聞きわたる御心地は、ことわりなりけり。いと恥づかしと思したりつる腰のしるしに、多くは心苦しくおぼえてやみぬるかな。例のをこがましの心や」と思へど、「情けなからむことは、なほいと本意なかるべし。また、たちまちのわが心の乱れにまかせて、あながちなる心をつかひて後、心やすくしもはあらざらむものから、わりなく忍びありかむほども心尽くしに、女のかたがた思し乱れむことよ」 |
「身体が悪そうだと聞いていたご気分は、もっともなことであった。とても恥ずかしいとお思いでいらした腰の帯を見て、大部分はお気の毒に思われてやめてしまったなあ。いつもの馬鹿らしい心だ」と思うが、「情けのない振る舞いは、やはり不本意なことだろう。また、一時の自分の心の乱れにまかせて、むやみな考えをしでかして後、気安くなくなってしまうものの、無理をして忍びを重ねるのも苦労が多いし、女方があれこれ思い悩まれることであろう」 |
など、さかしく思ふにせかれず、今の間も恋しきぞわりなかりける。さらに見ではえあるまじくおぼえたまふも、返す返すあやにくなる心なりや。 |
などと、冷静に考えても抑えきれず、今でも恋しいのは困ったことであった。ぜひとも会わなくては生きていられないように思われるのも、重ね重ねどうにもならない恋心であるよ。 |