第四章 薫の物語 中君に同情しながら恋慕の情高まる
6. 薫、中君に迫る
本文 |
現代語訳 |
女、「さりや、あな心憂」と思ふに、何事かは言はれむ、ものも言はで、いとど引き入りたまへば、それにつきていと馴れ顔に、半らは内に入りて添ひ臥したまへり。 |
女は、「やはり、そうだった、ああ嫌な」と思うが、何を言うことができようか、何も言わないで、ますます奥にお入りになるので、その後についてとても物馴れた態度で、半分は御簾の内に入って添い臥せりなさった。 |
「あらずや。忍びてはよかるべく思すこともありけるがうれしきは、ひが耳か、聞こえさせむとぞ。疎々しく思すべきにもあらぬを、心憂のけしきや」 |
「そうではありません。人目に立たないようにとはよいことをお考えになったことが嬉しく思えたのは、聞き違いでしょうか、それを伺おうと思いまして。よそよそしくお思いになるべき問題でもないのでに、情けない待遇ですね」 |
と怨みたまへば、いらへすべき心地もせず、思はずに憎く思ひなりぬるを、せめて思ひしづめて、 |
とお恨みになると、お返事できる気もなくて、意外にも憎く思う気になるのを、無理に落ち着いて、 |
「思ひの外なりける御心のほどかな。人の思ふらむことよ。あさまし」 |
「意外なお気持ちですね。女房たちがどう思いましょう。あきれたこと」 |
とあはめて、泣きぬべきけしきなる、すこしはことわりなれば、いとほしけれど、 |
と軽蔑して、泣いてしまいそうな様子なのは、少しは無理もないことなので、お気の毒とは思うが、 |
「これは咎あるばかりのことかは。かばかりの対面は、いにしへをも思し出でよかし。過ぎにし人の御許しもありしものを。いとこよなく思しけるこそ、なかなかうたてあれ。好き好きしくめざましき心はあらじと、心やすく思ほせ」 |
「これは非難されるほどのことでしょうか。この程度の面会は、昔を思い出してくださいな。亡くなった姉君のお許しもあったのに。とても疎々しくお思いになっていらっしゃるとは、かえって嫌な気がします。好色がましい目障りな気持ちはないと、安心してください」 |
とて、いとのどやかにはもてなしたまへれど、月ごろ悔しと思ひわたる心のうちの、苦しきまでなりゆくさまを、つくづくと言ひ続けたまひて、許すべきけしきにもあらぬに、せむかたなく、いみじとも世の常なり。なかなか、むげに心知らざらむ人よりも、恥づかしく心づきなくて、泣きたまひぬるを、 |
と言って、たいそう穏やかに振る舞っていらっしゃるが、幾月もずっと後悔していた心中が、堪え難く苦しいまでになって行く様子を、つくづくと話し続けなさって、袖を放しそうな様子もないので、どうしようもなく、大変だと言ったのでは月並な表現である。かえって、まったく気持ちを知らない人よりも、恥ずかしく気にくわなくて、泣いてしまわれたのを、 |
「こは、なぞ。あな、若々し」 |
「これは、どうしましたか。何とも、幼げない」 |
とは言ひながら、言ひ知らずらうたげに、心苦しきものから、用意深く恥づかしげなるけはひなどの、見しほどよりも、こよなくねびまさりたまひにけるなどを見るに、「心からよそ人にしなして、かくやすからずものを思ふこと」と悔しきにも、またげに音は泣かれけり。 |
とは言いながらも、何とも言えずかわいらしく、お気の毒に思う一方で、心配りが深くこちらが恥ずかしくなるような態度などが、以前に一夜を共にした当時よりも、すっかり成人なさったのを見ると、「自分から他人に譲って、このようにつらい思いをすることよ」と悔しいのにつけても、また自然泣かれるのであった。 |