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宿木

第七章 薫の物語 宇治を訪問して弁の尼から浮舟の詳細について聞く   

4. 薫、浮舟の件を弁の尼に尋ねる      

 

本文

現代語訳

 さて、もののついでに、かの形代のことを言ひ出でたまへり。

 そうして、何かのきっかけで、あの形代のことを言い出しなさった。

 「京に、このころ、はべらむとはえ知りはべらず。人伝てに承りしことの筋ななり。故宮の、まだかかる山里住みもしたまはず、故北の方の亡せたまへりけるほど近かりけるころ、中将の君とてさぶらひける上臈の、心ばせなどもけしうはあらざりけるを、いと忍びて、はかなきほどにもののたまはせける、知る人もはべらざりけるに、女子をなむ産みてはべりけるを、さもやあらむ、と思すことのありけるからに、あいなくわづらはしくものしきやうに思しなりて、またとも御覧じ入るることもなかりけり。

 「京に、近ごろ、おりますかどうかは存じません。人づてにお聞きしたことの話でしょう。故宮が、まだこのような山里生活もなさらず、故北の方がお亡くなりになって間近かったころ、中将の君と言ってお仕えしていた上臈で、気立てなども悪くはなかったが、たいそうこっそりと、ちょっと情けをお交わしになったが、知る人もございませんでしたが、女の子を産みましたのを、あるいはご自分のお子であろうか、とお思いになることがありましたので、つまらなく厄介で嫌なようにお思いになって、二度とお逢いになることもありませんでした。

 あいなくそのことに思し懲りて、やがておほかた聖にならせたまひにけるを、はしたなく思ひて、えさぶらはずなりにけるが、陸奥国の守の妻になりたりけるを、一年上りて、その君平らかにものしたまふよし、このわたりにもほのめかし申したりけるを、聞こしめしつけて、さらにかかる消息あるべきことにもあらずと、のたまはせ放ちければ、かひなくてなむ嘆きはべりける。

 つまらなくそのことにお懲りになって、そのままだいたい聖におなりあそばしたので、とりつくしまもなく思って、宮仕えをやめてしまったが、陸奥国の守の妻となったところ、先年上京して、その姫君も無事でいらっしゃる旨を、ここにもちらっと申して来ましたが、お聞きつけになって、全然そのような挨拶は無関係であると無視なさったので、その効なく嘆いていました。

 さてまた、常陸になりて下りはべりにけるが、この年ごろ、音にも聞こえたまはざりつるが、この春上りて、かの宮には尋ね参りたりけるとなむ、ほのかに聞きはべりし。

 そうして再び、常陸の国司になって下りましたが、ここ数年、何ともおっしゃってきませんでしたが、この春上京して、あちらの宮には尋ねて参ったと、かすかに聞きました。

 かの君の年は、二十ばかりになりたまひぬらむかし。いとうつくしく生ひ出でたまふがかなしきなどこそ、中ごろは、文にさへ書き続けてはべめりしか」

 あの君の年齢は、二十歳くらいにおなりになったでしょう。とてもかわいらしくお育ちになったのがいとおしいなどと、近頃は、手紙にまで書き綴ってございましたとか」

 と聞こゆ。

 と申し上げる。

 詳しく聞きあきらめたまひて、「さらば、まことにてもあらむかし。見ばや」と思ふ心出で来ぬ。

 詳しく聞き知りなさって、「それでは、ほんとうであったのだ。会ってみたいものだ」と思う気持ちが出てきた。

 「昔の御けはひに、かけても触れたらむ人は、知らぬ国までも尋ね知らまほしき心あるを、数まへたまはざりけれど、近き人にこそはあなれ。わざとはなくとも、このわたりにおとなふ折あらむついでに、かくなむ言ひし、と伝へたまへ」

 「故姫君のご様子に、少しでも似ているような人は、知らない国までも探し求めたい気持ちであるが、お子とお認めにならなかったが、姉妹であるのだ。わざわざというのでなくても、この近辺に便りを寄せる機会があった時には、こう言っていた、とお伝えください」

 などばかりのたまひおく。

 などとだけおっしゃっておく。

 「母君は、故北の方の御姪なり。弁も離れぬ仲らひにはべるべきを、そのかみは他々にはべりて、詳しくも見たまへ馴れざりき。

 「母君は、故北の方の姪です。弁も縁続きの間柄でございますが、その当時は別の所におりまして、詳しくは存じませんでした。

 さいつころ、京より、大輔がもとより申したりしは、かの君なむ、いかでかの御墓にだに参らむと、のたまふなる、さる心せよ、などはべりしかど、まだここに、さしはへてはおとなはずはべめり。今、さらば、さやのついでに、かかる仰せなど伝へはべらむ」

 最近、京から、大輔のもとから申してよこしたことには、あの姫君が、何とか父宮のお墓にだけでも詣でたいと、おっしゃっているという、そのようなおつもりでいなさい、などとございましたが、まだここには、特に便りはないようです。今、そうなったら、そのような機会に、この仰せ言を伝えましょう」

 と聞こゆ。

 と申し上げる。



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