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宿木

第八章 薫の物語 女二の宮、薫の三条宮邸に降嫁   

6. 藤壺にて藤の花の宴催される      

 

本文

現代語訳

 「夏にならば、三条の宮塞がる方になりぬべし」と定めて、四月朔日ごろ、節分とかいふこと、まだしき先に渡したてまつりたまふ。

 「夏になったら、三条宮邸は宮中から塞がった方角になろう」と判定して、四月初めころの、節分とかいうことは、まだのうちにお移し申し上げなさる。

 明日とての日、藤壺に主上渡らせたまひて、藤の花の宴せさせたまふ。南の廂の御簾上げて、椅子立てたり。公わざにて、主人の宮の仕うまつりたまふにはあらず。上達部、殿上人の饗など、内蔵寮より仕うまつれり。

 明日引っ越しという日に、藤壷に主上がお渡りあそばして、藤の花の宴をお催しあそばす。南の廂の御簾を上げて、椅子を立ててある。公の催事で、主人の宮がお催しなさることではない。上達部や、殿上人の饗応などは、内蔵寮からご奉仕した。

 右の大臣、按察使大納言、藤中納言、左兵衛督。親王たちは、三の宮、常陸宮などさぶらひたまふ。南の庭の藤の花のもとに、殿上人の座はしたり。後涼殿の東に、楽所の人びと召して、暮れ行くほどに、双調に吹きて、上の御遊びに、宮の御方より、御琴ども笛など出ださせたまへば、大臣をはじめたてまつりて、御前に取りつつ参りたまふ。

 右大臣や、按察大納言、藤中納言、左兵衛督。親王方では、三の宮、常陸宮などが伺候なさる。南の庭の藤の花の下に、殿上人の座席は設けた。後涼殿の東に、楽所の人びとを召して、暮れ行くころに、双調に吹いて、主上の御遊に、宮の御方から、絃楽器や管楽器などをお出させなさったので、大臣をおはじめ申して、御前に取り次いで差し上げなさる。

 故六条の院の御手づから書きたまひて、入道の宮にたてまつらせたまひし琴の譜二巻、五葉の枝に付けたるを、大臣取りたまひて奏したまふ。

 故六条院がご自身でお書きになって、入道の宮に差し上げなさった琴の譜二巻、五葉の枝に付けたのを、大臣がお取りになって奏上なさる。

 次々に、箏の御琴、琵琶、和琴など、朱雀院の物どもなりけり。笛は、かの夢に伝へしいにしへの形見のを、「またなき物の音なり」と賞でさせたまひければ、「この折のきよらより、またはいつかは映え映えしきついでのあらむ」と思して、取う出でたまへるなめり。

 次々に、箏のお琴、琵琶、和琴など、朱雀院の物であった。笛は、あの夢で伝えた故人の形見のを、「二つとない素晴らしい音色だ」とお誉めあそばしたので、「今回の善美を尽くした宴の他に、再びいつ名誉なことがあろうか」とお思いになって、取り出しなさったようだ。

 大臣和琴、三の宮琵琶など、とりどりに賜ふ。大将の御笛は、今日ぞ、世になき音の限りは吹き立てたまひける。殿上人の中にも、唱歌につきなからぬどもは、召し出でて、おもしろく遊ぶ。

 大臣に和琴、三の宮に琵琶など、それぞれにお与えになる。大将のお笛は、今日は、またとない音色の限りをお立てになったのだった。殿上人の中にも、唱歌に堪能な人たちは、召し出して、風雅に合奏する。

 宮の御方より、粉熟参らせたまへり。沈の折敷四つ、紫檀の高坏、藤の村濃の打敷に、折枝縫ひたり。銀の様器、瑠璃の御盃、瓶子は紺瑠璃なり。兵衛督、御まかなひ仕うまつりたまふ。

 宮の御方から、粉熟を差し上げなさった。沈の折敷四つ、紫檀の高坏、藤の村濃の打敷に、折枝を縫ってある。銀の容器、瑠璃のお盃、瓶子は紺瑠璃である。兵衛督が、お給仕をお勤めなさる。

 御盃参りたまふに、大臣、しきりては便なかるべし、宮たちの御中にはた、さるべきもおはせねば、大将に譲りきこえたまふを、憚り申したまへど、御けしきもいかがありけむ、御盃ささげて、「をし」とのたまへる声づかひもてなしさへ、例の公事なれど、人に似ず見ゆるも、今日はいとど見なしさへ添ふにやあらむ。さし返し賜はりて、下りて舞踏したまへるほど、いとたぐひなし。

 お盃をいただきなさる時に、大臣は、自分だけしきりにいただくのは不都合であろう、宮様方の中には、またそのような方もいらっしゃらないので、大将にお譲り申し上げなさるのを、遠慮してご辞退申し上げなさるが、帝の御意向もどうあったのだろうか、お盃を捧げて、「おし」とおっしゃる声や態度までが、いつもの公事であるが、他の人と違って見えるのも、今日はますます帝の婿君と思って見るせいであろうか。さし返しの盃にいただいて、庭に下りて拝舞なさるところは、実にまたとない。

 上臈の親王たち、大臣などの賜はりたまふだにめでたきことなるを、これはまして御婿にてもてはやされたてまつりたまへる、御おぼえ、おろかならずめづらしきに、限りあれば、下りたる座に帰り着きたまへるほど、心苦しきまでぞ見えける。

 上席の親王方や、大臣などが戴きなさるのでさえめでたいことなのに、これはそれ以上に帝の婿君としてもてはやされ申されていらっしゃる、その御信任が、並々でなく例のないことだが、身分に限度があるので、下の座席にお帰りになってお座りになるところは、お気の毒なまでに見えた。



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