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東屋

第六章 浮舟と薫の物語 薫、浮舟を伴って宇治へ行く   

3. 弁の尼、三条の隠れ家を訪ねる    

 

本文

現代語訳

 のたまひしまだつとめて、睦ましく思す下臈侍一人、顔知らぬ牛飼つくり出でて遣はす。

 お約束になった日のまだ早朝に、腹心の家来とお思いになる下臈の侍を一人、顔を知られていない牛飼童を用意して遣わす。

 「荘の者どもの田舎びたる召し出でつつ、つけよ」

 「荘園の連中で田舎者じみたのを召し出して、付き添わせよ」

 とのたまふ。かならず出づべくのたまへりければ、いとつつましく苦しけれど、うち化粧じつくろひて乗りぬ。野山のけしきを見るにつけても、いにしへよりの古事ども思ひ出でられて、眺め暮らしてなむ来着きける。いとつれづれに人目も見えぬ所なれば、引き入れて、

 とおっしゃる。必ず京に出て来るようにとおっしゃっていたので、とても気がひけてつらいけれど、ちょっと化粧をして車に乗った。野山の様子を見るにつけても、若いころからの古い出来事が自然と思い出されて、物思いに耽りながら着いたのであった。とてもひっそりとして人の出入りもない所なので、車を引き入れて、

 「かくなむ、参り来つる」

 「これこれで、参りました」

 と、しるべの男して言はせたれば、初瀬の供にありし若人、出で来て降ろす。あやしき所を眺め暮らし明かすに、昔語りもしつべき人の来たれば、うれしくて呼び入れたまひて、親と聞こえける人の御あたりの人と思ふに、睦ましきなるべし。

 と、案内の男を介して言わせると、初瀬のお供をした若い女房が、出てきて車から降ろす。粗末な家で物思いに耽りながら明かし暮らしていたので、昔話もできる人が来たので、嬉しくなって呼び入れなさって、父親と申し上げた方のご身辺の人と思うと、慕わしくなるのであろう。

 「あはれに、人知れず見たてまつりしのちよりは、思ひ出できこえぬ折なけれど、世の中かばかり思ひたまへ捨てたる身にて、かの宮にだに参りはべらぬを、この大将殿の、あやしきまでのたまはせしかば、思うたまへおこしてなむ」

 「しみじみと、人知れずお目にかかりまして後は、お思い出し申し上げない時はありませんが、世の中をこのように捨てた身なので、あちらの宮邸にさえ参りませんが、この大将殿が、不思議なまでにお頼みになるので、思い起こして参りました」

 と聞こゆ。君も乳母も、めでたしと見おききこえてし人の御さまなれば、忘れぬさまにのたまふらむも、あはれなれど、にはかにかく思したばかるらむと、思ひも寄らず。

 と申し上げる。姫君も乳母も、素晴らしいお方と拝見していたお方のご様子なので、忘れないふうにおっしゃるというのも、嬉しいが、急にこのようにご計画なさるとは、思い寄らなかった。



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