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浮舟

第五章 浮舟の物語 浮舟、恋の板ばさみに、入水を思う   

3. 匂宮、薫の浮舟を新築邸に移すことを知る    

 

本文

現代語訳

 女宮に物語など聞こえたまひてのついでに、

 女宮にお話などを申し上げた機会に、

 「なめしともや思さむと、つつましながら、さすがに年経ぬる人のはべるを、あやしき所に捨て置きて、いみじくもの思ふなるが心苦しさに、近う呼び寄せて、と思ひはべる。昔より異やうなる心ばへはべりし身にて、世の中を、すべて例の人ならで過ぐしてむと思ひはべりしを、かく見たてまつるにつけて、ひたぶるにも捨てがたければ、ありと人にも知らせざりし人の上さへ、心苦しう、罪得ぬべき心地してなむ」

 「失礼なとお思いになるやもと、気がひけますが、そうはいっても古くからの女がございましたが、賤しい所に放って置いて、ひどく物思いに沈んでいるというのが気の毒なので、近くに呼び寄せて、と思っております。昔から人とは異なった考えがございまして、世の中を、普通の人とは違って過ごそうと思っておりましたが、このようにご結婚申して、一途には世を捨てがたいので、そんな女がいるとは知らせなかった身分の低い者でさえ、気の毒で、罪障になりそうな気がいたしまして」

 と、聞こえたまへば、

 と、申し上げなさると、

 「いかなることに心置くものとも知らぬを」

 「どのようなことをお考えでいらっしゃるか存じませんが」

 と、いらへたまふ。

 と、お返事なさる。

 「内裏になど、悪しざまに聞こし召さする人やはべらむ。世の人のもの言ひぞ、いとあぢきなくけしからずはべるや。されど、それは、さばかりの数にだにはべるまじ」

 「帝になど、良くないようにお耳に入れ申す人がございましょう。世間の人の噂は、まことにつまらない良くないものでございますよ。けれども、その女は、それほど問題にもならない女でございます」

 など聞こえたまふ。

 などと申し上げなさる。

 「造りたる所に渡してむ」と思し立つに、「かかる料なりけり」など、はなやかに言ひなす人やあらむなど、苦しければ、いと忍びて、障子張らすべきことなど、人しもこそあれ、この内記が知る人の親、大蔵大輔なるものに、睦ましく心やすきままに、のたまひつけたりければ、聞きつぎて、宮には隠れなく聞こえけり。

 「新築した所に移そう」とお決めになったが、「このようなための家だったのだ」などと、ぱあっと言い触らす人がいようかなどと、困るので、たいそう人目に立たないようにして、襖障子を張らせることなど、人もあろうに、この大内記の妻の父親で、大蔵大輔という者に、親しいので気安く思って、命令なさっていたので、妻を介して聞き知って、宮にすっかり申し上げた。

 「絵師どもなども、御随身どもの中にある、睦ましき殿人などを選りて、さすがにわざとなむせさせたまふ」

 「絵師連中なども、御随身の中にいる者で、親しい家人などを選んで、隠れ家とはいっても特別にお気をつけてなさっています」

 と申すに、いとど思し騷ぎて、わが御乳母の、遠き受領の妻にて下る家、下つ方にあるを、

 と申すので、ますます胸騷ぎがなさって、ご自分の乳母で、遠国の受領の妻となって下る家で、下京の方にあるのを、

 「いと忍びたる人、しばし隠いたらむ」

 「ごくごく内密の女を、しばらく隠して置きたい」

 と、語らひたまひければ、「いかなる人にかは」と思へど、大事と思したるに、かたじけなければ、「さらば」と聞こえけり。これをまうけたまひて、すこし御心のどめたまふ。この月の晦日方に、下るべければ、「やがてその日渡さむ」と思し構ふ。

 とご相談があったので、「どのような女であろうか」とは思うが、重大事とお思いでいられるのが恐れ多いので、「それではどうぞ」と申し上げた。この家を準備なさって、少しお心が安心なさる。今月の晦日頃に、下向する予定なので、「すぐその日に女を移そう」とご計画なさる。

 「かくなむ思ふ。ゆめゆめ」

 「これこれと思っている。決して他人に気づかれてはならぬ」

 と言ひやりたまひつつ、おはしまさむことは、いとわりなくあるうちにも、ここにも、乳母のいとさかしければ、難かるべきよしを聞こゆ。

 と言いやりなさっては、ご自身がお出向きになることは、とても難しいところに、こちら宇治でも、乳母がとてもうるさいので、難しい旨をお返事申し上げる。



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