第五章 浮舟の物語 浮舟、恋の板ばさみに、入水を思う
4. 浮舟の母、京から宇治に来る
本文 |
現代語訳 |
大将殿は、卯月の十日となむ定めたまへりける。「誘ふ水あらば」とは思はず、いとあやしく、「いかにしなすべき身にかあらむ」と浮きたる心地のみすれば、「母の御もとにしばし渡りて、思ひめぐらすほどあらむ」と思せど、少将の妻、子産むべきほど近くなりぬとて、修法、読経など、隙なく騒げば、石山にもえ出で立つまじ、母ぞこち渡りたまへる。乳母出で来て、 |
大将殿は、四月の十日とお決めになっていた。「誘ってくれる人がいたらどこへでも」とは思わず、とても変で、「どうしたらよい身の上だろうか」と浮いたような気持ちばかりがするので、「母親のもとにしばらく出かけていたら、思案する時間があろう」とお思いになるが、少将の妻が、子供を産む時期が近づいたということで、修法や、読経などでひっきりなしに騒がしいので、石山寺にも出かけるわけにゆかず、母親がこちらにお越しになった。乳母が出て来て、 |
「殿より、人びとの装束なども、こまかに思しやりてなむ。いかできよげに何ごとも、と思うたまふれど、乳母が心一つには、あやしくのみぞし出ではべらむかし」 |
「殿から、女房の衣装なども、こまごまとご心配いただきました。何とかきれいに何事も、と存じておりますが、乳母独りのお世話では、不十分なことしかできませんでございましょう」 |
など言ひ騒ぐが、心地よげなるを見たまふにも、君は、 |
などとはしゃいでいるのが、気持ちよさそうなのを御覧になるにつけても、女君は、 |
「けしからぬことどもの出で来て、人笑へならば、誰れも誰れもいかに思はむ。あやにくにのたまふ人、はた、八重立つ山に籠もるとも、かならず尋ねて、我も人もいたづらになりぬべし。なほ、心やすく隠れなむことを思へと、今日ものたまへるを、いかにせむ」 |
「とんでもない事がいろいろと起こって、物笑いになったら、誰も彼もがどのように思うであろう。無理無体におっしゃる方は、また、幾重にも山深い所に隠れても、必ず探し出して、自分も宮も身を破滅してしまうだろう。やはり、気楽な所に隠れることを考えなさいと、今日もおっしゃっているが、どうしたらよいだろう」 |
と、心地悪しくて臥したまへり。 |
と、気分が悪くて臥せっていらっしゃった。 |
「などか、かく例ならず、いたく青み痩せたまへる」 |
「どうして、このようにいつもと違って、ひどく青く痩せていらっしゃるのでしょうか」 |
と驚きたまふ。 |
と驚きなさる。 |
「日ごろあやしくのみなむ。はかなきものも聞こしめさず、悩ましげにせさせたまふ」 |
「ここ幾日も妙な具合ばかりです。ちょっとした食事も召し上がらず、苦しそうにおいであそばします」 |
と言へば、「あやしきことかな。もののけなどにやあらむ」と、 |
と言うと、「不思議なことだわ。物の怪などによるのであろうか」と、 |
「いかなる御心地ぞと思へど、石山停まりたまひにきかし」 |
「どのようなご気分かと心配ですが、石山詣でもお止めになった」 |
と言ふも、かたはらいたければ、伏目なり。 |
と言うのも、いたたまれない気がするので、まともに目を合わせられない。 |