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浮舟

第五章 浮舟の物語 浮舟、恋の板ばさみに、入水を思う   

6. 浮舟、母と尼の話から、入水を思う    

 

本文

現代語訳

 「あな、むくつけや。帝の御女を持ちたてまつりたまへる人なれど、よそよそにて、悪しくも善くもあらむは、いかがはせむと、おほけなく思ひなしはべる。よからぬことをひき出でたまへらましかば、すべて身には悲しくいみじと思ひきこゆとも、また見たてまつらざらまし」

 「まあ、嫌らしいこと。帝のお姫様をお持ちになっていらっしゃる方ですが、他人なので、良いとも悪いともお咎めがあろうとなかろうと、しかたのないことと、恐れ多く存じております。良くない事件を引き起こしなさったら、すべてわが身にとっては悲しく大変なことだとお思い申し上げても、二度とお世話しないでしょう」

 など、言ひ交はすことどもに、いとど心肝もつぶれぬ。「なほ、わが身を失ひてばや。つひに聞きにくきことは出で来なむ」と思ひ続くるに、この水の音の恐ろしげに響きて行くを、

 などと話し合っている内容に、ますます胸も潰れる思いがした。「やはり、自殺してしまおう。最後は聞きにくいことがきっと出て来ることだろう」と思い続けると、この川の水の音が恐ろしそうに響いて流れて行くのを、

 「かからぬ流れもありかし。世に似ず荒ましき所に、年月を過ぐしたまふを、あはれと思しぬべきわざになむ」

 「こんな恐ろしくない流れもありますのにね。又となく荒々しい川の所に、歳月をお過ごしになるのを、不憫とお思いになるのも当然のこと」

 など、母君したり顔に言ひゐたり。昔よりこの川の早く恐ろしきことを言ひて、

 などと、母君は得意顔で言っていた。昔からこの川の早くて恐ろしいことを言って、

 「先つころ渡守が孫の童、棹さし外して落ち入りはべりにける。すべていたづらになる人多かる水にはべり」

 「最近、渡守の孫の小さい子が、棹を差し損ねて川に落ちてしまいました。ぜんたい命を落とす人が多い川でございます」

 と、人びとも言ひあへり。君は、

 と、女房たちも話し合っていた。女君は、

 「さても、わが身行方も知らずなりなば、誰れも誰れも、あへなくいみじと、しばしこそ思うたまはめ。ながらへて人笑へに憂きこともあらむは、いつかそのもの思ひの絶えむとする」

 「それにしても、わが身の行く方が分からなくなったら、誰も彼もが、あっけなく悲しいと、しばらくの間はお思いになるであろうが、生き永らえて物笑いになって嫌な思いをするのは、いつ物思いがなくなるというのだろう」

 と、思ひかくるには、障りどころもあるまじく、さはやかによろづ思ひなさるれど、うち返しいと悲し。親のよろづに思ひ言ふありさまを、寝たるやうにてつくづくと思ひ乱る。

 と、死を考えつくと、何の支障もないように、さっぱりと何事も思われるが、また考え直すと実に悲しい。母親がいろいろと心配し言っている様子に、寝たふうをしながらつくづくと思い心乱れる。



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