TOP  総目次  源氏物語目次   前へ 次へ
蜻蛉

第一章 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転   

2. 匂宮から宇治へ使者派遣    

 

本文

現代語訳

 宮にも、いと例ならぬけしきありし御返り、「いかに思ふならむ。我を、さすがにあひ思ひたるさまながら、あだなる心なりとのみ、深く疑ひたれば、他へ行き隠れむとにやあらむ」と思し騷ぎ、御使あり。

 宮にも、まことにいつもと違った様子であったお返事に、「どのように思っているのだろう。わたしを、そうはいっても愛している様子でいながら、浮気な心だとばかり、深く疑っていたので、他へ身を隠したのであろうか」とお慌てになって、お使者がある。

 ある限り泣き惑ふほどに来て、御文もえたてまつらず。

 居合わせた者たちが泣き騒いでいるところに来て、お手紙も差し上げられない。

 「いかなるぞ」

 「どうしたことか」

 と下衆女に問へば、

 と下衆女に尋ねると、

 「上の、今宵、にはかに亡せたまひにければ、ものもおぼえたまはず。頼もしき人もおはしまさぬ折なれば、さぶらひたまふ人びとは、ただものに当たりてなむ惑ひたまふ」

 「ご主人様が、今夜、急にお亡くなりになったので、何もかも分からなくいらっしゃいます。頼りになる方もいらっしゃらない時なので、お仕えなさっている方々は、ただ物に突き当たっておろおろなさっています」

 と言ふ。心も深く知らぬ男にて、詳しう問はで参りぬ。

 と言う。事情を深く知らない男なので、詳しくは尋ねないで帰参した。

 「かくなむ」と申させたるに、夢とおぼえて、

 「こうこうでした」と申し上げさせたところ、夢のように思われて、

 「いとあやし。いたくわづらふとも聞かず。日ごろ、悩ましとのみありしかど、昨日の返り事はさりげもなくて、常よりもをかしげなりしものを」

 「まことに変だ。ひどく患っていたとも聞いてない。日頃、気分が悪いとばかりあったが、昨日の返事は変わったこともなくて、いつものよりも興趣があったものを」

と、思しやる方なければ、

 と、ご想像もおつきにならないので、

 「時方、行きてけしき見、たしかなること問ひ聞け」

 「時方、行って様子を見て、はっきりとしたことを尋ね出せ」

 とのたまへば、

 とおっしゃると、

 「かの大将殿、いかなることか、聞きたまふことはべりけむ、宿直する者おろかなり、など戒め仰せらるるとて、下人のまかり出づるをも、見とがめ問ひはべるなれば、ことづくることなくて、時方まかりたらむを、ものの聞こえはべらば、思し合はすることなどやはべらむ。さて、にはかに人の亡せたまへらむ所は、論なう騒がしう、人しげくはべらむを」と聞こゆ。

 「あの大将殿は、どのようなことか、お聞きになっていることがございましたのでしょう、宿直をする者が怠慢である、などと訓戒なさったと言って、下人が退出するのさえ、注意して調べると言いますので、口実もなくて、時方が参ったのを、事が漏れたりしましたら、お気づきになることがございましょう。そうして、急に人のお亡くなりになった所は、言うまでもなく騒がしく、人目が多くございましょうから」と申し上げる。

 「さりとては、いとおぼつかなくてやあらむ。なほ、とかくさるべきさまに構へて、例の、心知れる侍従などに会ひて、いかなることをかく言ふぞ、と案内せよ。下衆はひがことも言ふなり」

 「そうかといって、まことに気がかりなままでいられようか。やはり、何か適当に計らって、いつものように、事情を知っている侍従などに会って、どうしたわけでこのように言うのか、と尋ねよ。下衆も間違ったことを言うものだ」

 とのたまへば、いとほしき御けしきもかたじけなくて、夕つ方行く。

 とおっしゃるので、お気の毒なご様子も恐れ多くて、夕方に行く。


TOP  総目次  源氏物語目次 ページトップへ  前へ 次へ