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蜻蛉

第一章 浮舟の物語 浮舟失踪後の人びとの動転   

3. 時方、宇治に到着    

 

本文

現代語訳

 かやすき人は、疾く行き着きぬ。雨少し降り止みたれど、わりなき道にやつれて、下衆のさまにて来たれば、人多く立ち騷ぎて、

 身分の軽い者は、すぐに行き着いた。雨が少し降り止んだが、難儀な山道を身を簡略にして、下衆の恰好で来たところ、人が大勢立ち騒いで、

 「今宵、やがてをさめたてまつるなり」

 「今夜、このままご葬送申し上げるのです」

 など言ふを聞く心地も、あさましくおぼゆ。右近に消息したれども、え会はず、

 などと言うのを聞く気分も、驚き呆れて思われる。右近に案内を乞うたが、会うことはできない。

 「ただ今、ものおぼえず。起き上がらむ心地もせでなむ。さるは、今宵ばかりこそ、かくも立ち寄りたまはめ、え聞こえぬこと」

 「ただ今は、何も分かりません。起き上がる気持ちもしません。それにしても、今夜を最後に、このようにお立ち寄りになるのでしょうが、お話しできませんことが」

 と言はせたり。

 と言わせた。

 「さりとて、かくおぼつかなくては、いかが帰り参りはべらむ。今一所だに」

 「そうは言っても、このようにはっきり分かりませんでは、どうして帰参できましょう。せめてもうお一方にでも」

 と切に言ひたれば、侍従ぞ会ひたりける。

 と切に言ったので、侍従が会ったのであった。

 「いとあさまし。思しもあへぬさまにて亡せたまひにたれば、いみじと言ふにも飽かず、夢のやうにて、誰も誰も惑ひはべるよしを申させたまへ。すこしも心地のどめはべりてなむ、日ごろも、もの思したりつるさま、一夜、いと心苦しと思ひきこえさせたまへりしありさまなども、聞こえさせはべるべき。この穢らひなど、人の忌みはべるほど過ぐして、今一度立ち寄りたまへ」

 「まことに呆れたことです。ご自身も思いがけない様子でお亡くなりになったので、悲しいと言っても言い足りず、夢のようで、誰も彼もが途方に暮れています旨を申し上げてくださいませ。少しでも気分が落ち着きましたら、日頃、物思いなさっていた様子や、先夜、ほんとうに申し訳なくお思い申し上げていらした有様などを、お聞かせ申し上げましょう。この穢など、世間の人が忌む期間が過ぎてから、もう一度お立ち寄りくださいませ」

 と言ひて、泣くこといといみじ。

 と言って、泣く様子はまことに大変である。



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