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蜻蛉

第五章 薫の物語 明石中宮の女宮たち   

1. 薫と小宰相の君の関係   

 

本文

現代語訳

 后の宮の、御軽服のほどは、なほかくておはしますに、二の宮なむ式部卿になりたまひにける。重々しうて、常にしも参りたまはず。この宮は、さうざうしくものあはれなるままに、一品の宮の御方を慰め所にしたまふ。よき人の容貌をも、えまほに見たまはぬ、残り多かり。

  后の宮が、御軽服の間は、やはり里下がりしていらっしゃるうちに、二の宮が式部卿におなりになった。重々しくなって、常には参上なさらない。この宮は、もの寂しくて何となく悲しい気分のまま、一品の宮のお側を慰め所としていらっしゃる。器量の良い女房の顔で、まだよく御覧にならない者が、多く残っていた。

 大将殿の、からうして、いと忍びて語らはせたまふ小宰相の君といふ人の、容貌などもきよげなり、心ばせある方の人と思されたり。同じ琴を掻きならす、爪音、撥音も、人にはまさり、文を書き、ものうち言ひたるも、よしあるふしをなむ添へたりける。

 大将殿が、やっとのことで、たいそうこっそりと親しくなさっている小宰相の君という女房で、器量なども美しげで、気立ての良い人とお思いであった。同じ琴をかき鳴らす、その爪音や、撥の音が、誰にもまさって、手紙を書き、何か言うのも、風流な事が加わっているのだった。

 この宮も、年ごろ、いといたきものにしたまひて、例の、言ひ破りたまへど、「などか、さしもめづらしげなくはあらむ」と、心強くねたきさまなるを、まめ人は、「すこし人よりことなり」と思すになむありける。かくもの思したるも見知りければ、忍びあまりて聞こえたり。

 この宮も、長年、とても関心を寄せていらっしゃって、いつものように、悪口おっしゃるが、「どうして、そのようにありふれた女でいようか」と、気強くて従わないのを、真面目人間は、「少しは他の女と違っている」とお思いなのであった。このように物思いに沈んでいらっしゃるのを知っていたので、思い余って差し上げた。

 「あはれ知る心は人におくれねど

   数ならぬ身に消えつつぞ経る

 「お悲しみを知る心は誰にも負けませんが

  一人身では遠慮して消え入らんばかりに過ごしております

 代へたらば」

 亡くなった方と入れ替れるものでたら」

 と、ゆゑある紙に書きたり。ものあはれなる夕暮、しめやかなるほどを、いとよく推し量りて言ひたるも、憎からず。

 と、由緒ある紙に書いてあった。何となくしみじみとした夕暮で、しんみりした時に、まことによく推察して言って来たのも、気が利いている。

 「常なしとここら世を見る憂き身だに

   人の知るまで嘆きやはする

 「無常の世を長年見続けて来たわが身でさえ

   人が見咎めるまで嘆いてはいないつもりでしたが

 このよろこび、あはれなりし折からも、いとどなむ」

 このお見舞いのお礼には、悲しい折柄、ひとしお嬉しかった」

 など言ひに立ち寄りたまへり。いと恥づかしげにものものしげにて、なべてかやうになどもならしたまはぬ、人柄もやむごとなきに、いとものはかなき住まひなりかし。局などいひて、狭くほどなき遣戸口に寄りゐたまへる、かたはらいたくおぼゆれど、さすがにあまり卑下してもあらで、いとよきほどにものなども聞こゆ。

 などと言いに立ち寄りなさった。たいそう気恥ずかしくなるほど堂々として、普段はこのようにはお立ち寄りなさらず、人柄もご立派なのに、たいそうささやかな住まいである。局などと言って、狭く何程もない遣戸口に寄っていらっしゃるのは、体裁悪く思われるが、そうは言ってもむやみに卑下することもなく、とても良い具合にお話など申し上げる。

 「見し人よりも、これは心にくきけ添ひてもあるかな。などて、かく出で立ちけむ。さるものにて、我も置いたらましものを」

 「亡き人よりも、この人は奥ゆかしい感じが加わっているな。どうして、このように出仕したのだろう。そのような人として、わたしも側に置いたらよかったものを」

 と思す。人知れぬ筋は、かけても見せたまはず。

 とお思いになる。密やかな心の内は、少しもお見せにならない。



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