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蜻蛉

第五章 薫の物語 明石中宮の女宮たち   

2. 六条院の法華八講   

 

本文

現代語訳

 蓮の花の盛りに、御八講せらる。六条の院の御ため、紫の上など、皆思し分けつつ、御経仏など供養ぜさせたまひて、いかめしく、尊くなむありける。五巻の日などは、いみじき見物なりければ、こなたかなた、女房につきて参りて、物見る人多かりけり。

 蓮の花の盛りに、法華八講が催される。六条院の御ため、紫の上のなどと、皆それぞれに日をお分けになって、お経や仏などを供養あそばして、荘厳に、立派に催された。五巻目の日などは、大変な見物だったので、あちらこちら、女房の縁故をたどって、見物に来る人が多かった。

 五日といふ朝座に果てて、御堂の飾り取りさけ、御しつらひ改むるに、北の廂も、障子ども放ちたりしかば、皆入り立ちてつくろふほど、西の渡殿に姫宮おはしましけり。もの聞き極じて、女房もおのおの局にありつつ、御前はいと人少ななる夕暮に、大将殿、直衣着替へて、今日まかづる僧の中に、かならずのたまふべきことあるにより、釣殿の方におはしたるに、皆まかでぬれば、池の方に涼みたまひて、人少ななるに、かくいふ宰相の君など、かりそめに几帳などばかり立てて、うちやすむ上局にしたり。

 五日という朝座で終わって、御堂の飾りを取り外し、お部屋の飾りつけを改めるので、北の廂も、襖障子なども外してあったので、皆が入り込んで整えている間、西の渡殿に姫宮はいらっしゃった。お経を聞き疲れて、女房たちもそれぞれの局にいて、御前はたいそう人少なな夕暮に、大将殿は、直衣に着替えて、今日退出する僧の中に、是非にお話なさらなければならない事があったので、釣殿の方にいらっしゃったが、皆が退出してしまったので、池の方で涼みなさって、人も少ないので、さきほどの小宰相の君などが、仮に几帳などを立てて、ちょっと休むための上局にしていた。

 「ここにやあらむ、人の衣の音す」と思して、馬道の方の障子の細く開きたるより、やをら見たまへば、例さやうの人のゐたるけはひには似ず、晴れ晴れしくしつらひたれば、なかなか、几帳どもの立て違へたるあはひより見通されて、あらはなり。

 「ここであろうか、衣ずれの音がする」とお思いになって、馬道の方の襖障子が細く開いているところから、そっと御覧になると、いつもそのような女房がいる感じと違って、広々と整頓されているので、かえって、几帳などがいくつもはすに立ててあって見通されて、丸見えである。

 氷をものの蓋に置きて割るとて、もて騒ぐ人びと、大人三人ばかり、童と居たり。唐衣も汗衫も着ず、皆うちとけたれば、御前とは見たまはぬに、白き薄物の御衣着替へたまへる人の、手に氷を持ちながら、かく争ふを、すこし笑みたまへる御顔、言はむ方なくうつくしげなり。

 氷を何かの蓋の上に置いて割ろうとして、騒いでいる女房たち、大人三人ほどと、童女とがいた。唐衣も汗衫も着ず、みな打ち解けていたので、御前とはお思いでないが、白い薄物のお召物を着ていらっしゃる人で、手に氷を持ちながら、このように騒いでいるのを、少しほほ笑んでいらっしゃるお顔、何とも言いようもなくかわいらしげである。

 いと暑さの堪へがたき日なれば、こちたき御髪の、苦しう思さるるにやあらむ、すこしこなたに靡かして引かれたるほど、たとへむものなし。「ここらよき人を見集むれど、似るべくもあらざりけり」とおぼゆ。御前なる人は、まことに土などの心地ぞするを、思ひ静めて見れば、黄なる生絹の単衣、薄色なる裳着たる人の、扇うち使ひたるなど、「用意あらむはや」と、ふと見えて、

 ひどく暑さの堪えがたい日なので、うるさい御髪が、暑苦しくお思いなされるのであろうか、少しこちら側に靡かして引いている様子、何物にも譬えようがない。「大勢美しい女性を見て来たが、似ている人は誰もいないなあ」と思われる。御前の女房は、まこと土人形のような気がするのを、冷静になって見ていると、黄色い生絹の単衣に薄紫色の裳を着ている女で、扇をちょっと使っているところなど、「いかにも嗜みがあるなあ」と、ふと見えて、

 「なかなか、もの扱ひに、いと苦しげなり。ただ、さながら見たまへかし」

 「かえって、氷を扱うのに、とても暑苦しそうです。ただ、そのままで御覧なさい」

 とて、笑ひたるまみ、愛敬づきたり。声聞くにぞ、この心ざしの人とは知りぬる。

 と言って、にっこりしている目もと、愛嬌がある。声を聞くと、この目指している女と分かった。



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