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蜻蛉

第五章 薫の物語 明石中宮の女宮たち   

4. 薫と女二宮との夫婦仲   

 

本文

現代語訳

 つとめて、起きたまへる女宮の御容貌、「いとをかしげなめるは、これよりかならずまさるべきことかは」と見えながら、「さらに似たまはずこそありけれ。あさましきまであてに、えも言はざりし御さまかな。かたへは思ひなしか、折からか」と思して、

 翌朝、起きなさった女宮の御器量が、「とても美しくいらっしゃるようなのは、この宮よりもきっとまさっていらっしゃるだろうか」と思いながらも、「まったく似ていらっしゃらない。驚くほど上品で、何とも言えないほどのご様子だなあ。一つには気のせいか、時節柄か」とお思いになって、

 「いと暑しや。これより薄き御衣奉れ。女は、例ならぬ物着たるこそ、時々につけてをかしけれ」とて、「あなたに参りて、大弐に、薄物の単衣の御衣、縫ひて参れと言へ」

 「ひどく暑いね。これより薄いお召し物になさいませ。女性は、変わった物を着ているのが、その時々につけ趣があるものです」と言って、「あちらに参上して、大弍に、薄物の単衣のお召し物を、縫って差し上げよと申せ」

 とのたまふ。御前なる人は、「この御容貌のいみじき盛りにおはしますを、もてはやしきこえたまふ」とをかしう思へり。

 とおっしゃる。御前の女房は、「宮のご器量がたいそう女盛りでいらっしゃるのを、さらに引き立てようとなさる」とおもしろく思っていた。

 例の、念誦したまふわが御方におはしましなどして、昼つ方渡りたまへれば、のたまひつる御衣、御几帳にうち掛けたり。

 いつものように、念誦をなさるご自分のお部屋にいらっしゃったりなどして、昼頃にお渡りになると、お命じになっていたお召し物が、御几帳に懸けてあった。

 「なぞ、こは奉らぬ。人多く見る時なむ、透きたる物着るは、ばうぞくにおぼゆる。ただ今はあへはべりなむ」

 「どうして、これをお召しにならないのか。人が大勢見る時に、透けた物を着るのは、はしたなく思われる。今は構わないでしょう」

 とて、手づから着せ奉りたまふ。御袴も昨日の同じ紅なり。御髪の多さ、裾などは劣りたまはねど、なほさまざまなるにや、似るべくもあらず。氷召して、人びとに割らせたまふ。取りて一つ奉りなどしたまふ、心のうちもをかし。

 と言って、ご自身でお着せなさる。御袴も昨日のと同じ紅色である。御髪の多さや、裾などは負けないが、やはりそれぞれの美しさなのか、似るはずもない。氷を召して、女房たちに割らせなさる。取って一つ差し上げなどなさる、心の中もおもしろい。

 「絵に描きて、恋しき人見る人は、なくやはありける。ましてこれは、慰めむに似げなからぬ御ほどぞかしと思へど、昨日かやうにて、我混じりゐ、心にまかせて見たてまつらましかば」とおぼゆるに、心にもあらずうち嘆かれぬ。

 「絵に描いて、恋しい人を見る人は、いないだろうか。ましてこの宮は、気持ちを慰めるのに似つかわしからぬご姉妹であると思うが、昨日あのようにして、自分があの中に混じっていて、心ゆくまで拝することができたなら」と思うと、われ知らずのうちに溜息が漏れてしまった。

 「一品の宮に、御文は奉りたまふや」

 「一品の宮に、お手紙は差し上げなさいましたか」

 と聞こえたまへば、

 とお尋ね申し上げなさると、

 「内裏にありし時、主上の、さのたまひしかば聞こえしかど、久しうさもあらず」

 「内裏にいたとき、主上が、そのようにおっしゃったので差し上げましたが、長いことそういたしてません」

 とのたまふ。

 とおっしゃる。

 「ただ人にならせたまひにたりとて、かれよりも聞こえさせたまはぬにこそは、心憂かなれ。今、大宮の御前にて、恨みきこえさせたまふ、と啓せむ」

 「臣下におなりあそばしたといって、あちらからお便りを下さらないのは、情けないことです。今、大宮の御前に、お恨み申されています、と申し上げよう」

 とのたまふ。

 とおっしゃる。

 「いかが恨みきこえむ。うたて」

 「どうしてお恨み申していましょう。嫌ですわ」

 とのたまへば、

 とおっしゃるので、

 「下衆になりにたりとて、思し落とすなめり、と見れば、おどろかしきこえぬ、とこそは聞こえめ」

 「身分が低くなったからといって、軽んじていらっしゃるようだ、と思われるので、お便りも差し上げないのです、と申し上げましょう」

 とのたまふ。

 とおっしゃる。



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