第六章 薫の物語 薫、断腸の秋の思い
4. 侍従、薫と匂宮を覗く
本文 |
現代語訳 |
涼しくなりぬとて、宮、内裏に参らせたまひなむとすれば、 |
涼しくなったといって、后宮は、内裏に帰参なさろうとするので、 |
「秋の盛り、紅葉のころを見ざらむこそ」 |
「秋の盛りは、紅葉の季節を見ないというのは」 |
など、若き人びとは口惜しがりて、皆参り集ひたるころなり。水に馴れ月をめでて、御遊び絶えず、常よりも今めかしければ、この宮ぞ、かかる筋はいとこよなくもてはやしたまふ。朝夕目馴れても、なほ今見む初花のさましたまへるに、大将の君は、いとさしも入り立ちなどしたまはぬほどにて、恥づかしう心ゆるびなきものに、皆思ひたり。 |
などと、若い女房たちは残念がって、みな参集している時である。池水に親しみ月を賞美して、管弦の遊びがひっきりなしに催され、いつもより華やかなので、この宮は、このような方面では実にこの上なく賞賛されなさる。朝夕に見慣れていても、やはり今初めて見た初花のようなお姿でいらっしゃるが、大将の君は、あまりそれほど入り込んだりなさらないので、こちらが恥かしくなるような気のおける方だと、皆思っていた。 |
例の、二所参りたまひて、御前におはするほどに、かの侍従は、ものより覗きたてまつるに、 |
いつもの、お二方が参上なさって、御前にいらっしゃる間に、あの侍従は、物蔭から覗いて拝すると、 |
「いづ方にもいづ方にもよりて、めでたき御宿世見えたるさまにて、世にぞおはせましかし。あさましくはかなく、心憂かりける御心かな」 |
「どちらの方なりとも縁付いて、幸運な運勢に思えたご様子で、この世に生きておいでだったらなあ。あきれるほどあっけなく情けなかったお心であったよ」 |
など、人には、そのわたりのこと、かけて知り顔にも言はぬことなれば、心一つに飽かず胸いたく思ふ。宮は、内裏の御物語など、こまやかに聞こえさせたまへば、いま一所は立ち出でたまふ。「見つけられたてまつらじ。しばし、御果てをも過ぐさず心浅し、と見えたてまつらじ」と思へば、隠れぬ。 |
などと、他人には、あの辺のことは少しも知っている顔をして言わない干となので、自分一人で尽きせず胸を痛めている。宮は、内裏のお話など、こまごまとお話申し上げあそばすので、もうお一方はお立ちになる。「見つけられ申すまい。もう暫くの間は、ご一周忌も待たないで薄情な人だ、と思われ申すまい」と思うって、隠れた。 |