第一章 浮舟の物語 浮舟、入水未遂、横川僧都らに助けられる
1. 横川僧都の母、初瀬詣での帰途に急病
本文 |
現代語訳 |
そのころ、横川に、なにがし僧都とか言ひて、いと尊き人住みけり。八十余りの母、五十ばかりの妹ありけり。古き願ありて、初瀬に詣でたりけり。 |
そのころ、横川に、某僧都とか言って、たいそう尊い人が住んでいた。八十歳過ぎの母と、五十歳ほどの妹とがいたのであった。昔からの願があって、初瀬に詣でたのであった。 |
睦ましうやむごとなく思ふ弟子の阿闍梨を添へて、仏経供養ずること行ひけり。事ども多くして帰る道に、奈良坂と言ふ山越えけるほどより、この母の尼君、心地悪しうしければ、「かくては、いかでか残りの道をもおはし着かむ」ともて騷ぎて、宇治のわたりに知りたりける人の家ありけるに、とどめて、今日ばかり休めたてまつるに、なほいたうわづらへば、横川に消息したり。 |
親しく重んじている弟子の阿闍梨を連れて、仏やお経を供養することを行うのであった。いろいろなことをたくさんして帰る道中で、奈良坂という山を越えたころから、この母の尼君が、気分が悪くなったので、「こんなでは、どうして帰りの道を行きつけようか」と大騒ぎして、宇治の辺りに知っていた人の家があったので、そこにとどめて、今日一日お休め申したが、依然としてひどく苦しがっているので、横川に消息を出した。 |
山籠もりの本意深く、今年は出でじと思ひけれど、「限りのさまなる親の、道の空にて亡くやならむ」と驚きて、急ぎものしたまへり。惜しむべくもあらぬ人ざまを、みづからも、弟子の中にも験あるして、加持し騒ぐを、家主人聞きて、 |
山籠もりの本願が強く、今年は下山しまいと思っていたが、「晩年の状態の母親が、道中で亡くなるのだろうか」と驚いて、急いでいらっしゃった。惜しむほどでもない年齢の人だが、自分自身でも、弟子の中でも効験のある者をして、加持し大騒ぎするのを、家の主人が聞いて、 |
「御獄精進しけるを、いたう老いたまへる人の、重く悩みたまふは、いかが」 |
「御嶽精進をしたが、たいそう高齢でおいでの方が、重病でいらっしゃるのは、どうしたものか」 |
とうしろめたげに思ひて言ひければ、さも言ふべきことぞ、いとほしう思ひて、いと狭くむつかしうもあれば、やうやう率てたてまつるべきに、中神塞がりて、例住みたまふ方は忌むべかりければ、「故朱雀院の御領にて、宇治の院と言ひし所、このわたりならむ」と思ひ出でて、院守、僧都知りたまへりければ、「一、二日宿らむ」と言ひにやりたまへりければ、 |
と不安そうに思って言ったので、そうも言うにちがいないことを、気の毒に思って、ひどく狭くむさ苦しい所なので、だんだんお連れ申せるほどになったが、中神の方角が塞がって、いつも住んでいらっしゃる所は避けなければならなかったので、「故朱雀院の御領で、宇治院といった所が、この近辺だろう」と思い出して、院守を、僧都は知っていらっしゃったので、「一、二日泊まりたい」と言いにおやりになったところ、 |
「初瀬になむ、昨日皆詣りにける」 |
「初瀬に、昨日皆詣でてしまいました」 |
とて、いとあやしき宿守の翁を呼びて率て来たり。 |
と言って、ひどくみすぼらしい宿守の老人を呼んで連れて来た。 |
「おはしまさば、はや。いたづらなる院の寝殿にこそはべるめれ。物詣での人は、常にぞ宿りたまふ」 |
「いらっしゃるなら、早いほうがよい。誰も使っていない院の寝殿でございますようです。物詣での方は、いつもお泊まりになります」 |
と言へば、 |
と言うので、 |
「いとよかなり。公所なれど、人もなく心やすきを」 |
「実に結構なことだ。公の建物だが、誰もいなくて気楽な所だから」 |
とて、見せにやりたまふ。この翁、例もかく宿る人を見ならひたりければ、おろそかなるしつらひなどして来たり。 |
と言って、様子を見におやりになる。この老人、いつもこのように泊まる人を見慣れていたので、簡略な設営などをして戻って来た。 |