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手習

第四章 浮舟の物語 浮舟、尼君留守中に出家す   

2. 浮舟、少将の尼と碁を打つ   

 

本文

現代語訳

 皆出で立ちけるを眺め出でて、あさましきことを思ひながらも、「今はいかがせむ」と、「頼もし人に思ふ人一人ものしたまはぬは、心細くもあるかな」と、いとつれづれなるに、中将の御文あり。

 皆が出立したのを見送って、わが身のやりきれなさを思いながらも、「今さらどうしようもない」と、「頼りに思う人が一人もいらっしゃらないのは、心細いことだわ」と、とても所在ないところに、中将からのお手紙がある。

 「御覧ぜよ」と言へど、聞きも入れたまはず。いとど人も見えず、つれづれと来し方行く先を思ひ屈じたまふ。

 「御覧ください」と言うが、聞き入れなさらない。いっそう女房も少なくて、何もするこなく過去や将来を考え沈み込んでいらっしゃる。

 「苦しきまでも眺めさせたまふかな。御碁を打たせたまへ」

 「つらいほど物思いに沈んでいらっしゃること。御碁をお打ちなさい」

 と言ふ。

 と言う。

 「いとあやしうこそはありしか」

 「とても下手でした」

 とはのたまへど、打たむと思したれば、盤取りにやりて、我はと思ひて先ぜさせたてまつりたるに、いとこよなければ、また手直して打つ。

 とはおっしゃるが、打とうとお思いになったので、碁盤を取りにやって、自分こそはと思って先手をお打たせ申したが、たいそう強いので、また先手後手を変えて打つ。

 「尼上疾う帰らせたまはなむ。この御碁見せたてまつらむ。かの御碁ぞ、いと強かりし。僧都の君、早うよりいみじう好ませたまひて、けしうはあらずと思したりしを、いと棋聖大徳になりて、『さし出でてこそ打たざらめ、御碁には負けじかし』と聞こえたまひしに、つひに僧都なむ二つ負けたまひし。棋聖が碁には勝らせたまふべきなめり。あな、いみじ」

 「尼上が早くお帰りあそばしたらよいに。この御碁をお見せ申し上げよう。あの方の御碁は、とても強かったわ。僧都の君は、若い時からたいそうお好みになって、まんざらではないとお思いになっていたが、ほんと碁聖大徳気取りで、『出しゃばって打つ気はないが、あなたの御碁にはお負けしませんでしょうね』と申し上げなさったが、とうとう僧都が二敗なさった。碁聖の碁よりもお強くいらっしゃるようです。まあ、強い」

 と興ずれば、さだ過ぎたる尼額の見つかぬに、もの好みするに、「むつかしきこともしそめてけるかな」と思ひて、「心地悪し」とて臥したまひぬ。

 とおもしろがるので、盛りを過ぎた尼額が見苦しいのに、遊びに熱中するので、「厄介なことに手を出してしまったわ」と思って、「気分が悪い」と言って横におなりになった。

 「時々、晴れ晴れしうもてなしておはしませ。あたら御身を。いみじう沈みてもてなさせたまふこそ口惜しう、玉に瑕あらむ心地しはべれ」

 「時々は、気分が晴々するようにお振る舞いなさいませ。あたら若いお身を。ひどく沈んでおいであそばすのは残念で、玉の瑕のような気がいたします」

 と言ふ。夕暮の風の音もあはれなるに、思ひ出づることも多くて、

 と言う。夕暮の風の音もしみじみとして、思い出すことが多くて、

 「心には秋の夕べを分かねども

   眺むる袖に露ぞ乱るる」

 「わたしには秋の情趣も分からないが

   物思いに耽るわが袖に露がこぼれ落ちる」



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