第五章 浮舟の物語 浮舟、出家後の物語
6. 僧都、山荘に立ち寄り山へ帰る
本文 |
現代語訳 |
姫宮おこたり果てさせたまひて、僧都も登りぬ。かしこに寄りたまへれば、いみじう恨みて、 |
姫宮がすっかりよくおなりになったので、僧都も帰山なさった。あちらにお寄りになると、ひどく恨んで、 |
「なかなか、かかる御ありさまにて、罪も得ぬべきことを、のたまひもあはせずなりにけることをなむ、いとあやしき」 |
「かえって、このようなお姿になっては、罪障を受くることになりましょうに、ご相談もなさらずじまいだったとは、何ともおかしなこと」 |
などのたまへど、かひもなし。 |
などとおっしゃるが、どうにもならない。 |
「今は、ただ御行ひをしたまへ。老いたる、若き、定めなき世なり。はかなきものに思しとりたるも、ことわりなる御身をや」 |
「今はもう、ひたすらお勤めをなさいませ。老人も、若い人も、生死は無常の世です。はかないこの世とお悟りになっているのも、ごもっともなお身の上ですから」 |
とのたまふにも、いと恥づかしうなむおぼえける。 |
とおっしゃるにつけても、たいそう恥ずかしく思われるのであった。 |
「御法服新しくしたまへ」 |
「御法服を新しくなさい」 |
とて、綾、羅、絹などいふもの、たてまつりおきたまふ。 |
と言って、綾、羅、絹などという物を、差し上げ置きなさる。 |
「なにがしがはべらむ限りは、仕うまつりなむ。なにか思しわづらふべき。常の世に生ひ出でて、世間の栄華に願ひまつはるる限りなむ、所狭く捨てがたく、我も人も思すべかめることなめる。かかる林の中に行ひ勤めたまはむ身は、何事かは恨めしくも恥づかしくも思すべき。このあらむ命は、葉の薄きがごとし」 |
「拙僧が生きております間は、お世話いたしましょう。何をご心配なさることがありましょう。この世に生まれ来て、俗世の栄華を願い執着している限りは、不自由で世を捨てがたく、誰も彼もお思いのことのようです。このような林の中でお勤めなさる身の上は、何事に不満を抱いたり引けめを感じることがありましょうか。人の寿命は、葉の薄いようなものです」 |
と言ひ知らせて、 |
と説教して、 |
「松門に暁到りて月徘徊す」 |
「松の門に暁となって月が徘徊す」 |
と、法師なれど、いとよしよししく恥づかしげなるさまにてのたまふことどもを、「思ふやうにも言ひ聞かせたまふかな」と聞きゐたり。 |
と、法師であるが、たいそう風流で気恥ずかしい態度におっしゃることどもを、「期待していたとおりにおっしゃってくださることだ」と聞いていた。 |