第六章 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る
1. 新年、浮舟と尼君、和歌を詠み交す
本文 |
現代語訳 |
年も返りぬ。春のしるしも見えず、凍りわたれる水の音せぬさへ心細くて、「君にぞ惑ふ」とのたまひし人は、心憂しと思ひ果てにたれど、なほその折などのことは忘れず。 |
年が改まった。春の兆しも見えず、氷が張りつめた川の水が音を立てないのまでが心細くて、「あなたに迷っています」とおっしゃった方は、嫌だとすっかり思い捨てていたが、やはりその当時のことなどは忘れなていない。 |
「かきくらす野山の雪を眺めても 降りにしことぞ今日も悲しき」 |
「降りしきる野山の雪を眺めていても 昔のことが今日も悲しく思い出される」 |
など、例の、慰めの手習を、行ひの隙にはしたまふ。「我世になくて年隔たりぬるを、思ひ出づる人もあらむかし」など、思ひ出づる時も多かり。若菜をおろそかなる籠に入れて、人の持て来たりけるを、尼君見て、 |
などと、いつもの、慰めの手習いを、お勤めの合間になさる。「わたしがいなくなって、年も変わったが、思い出す人もきっといるだろう」などと、思い出す時も多かった。若菜を粗末な籠に入れて、人が持って来たのを、尼君が見て、 |
「山里の雪間の若菜摘みはやし なほ生ひ先の頼まるるかな」 |
「山里の雪の間に生えた若菜を摘み祝っては やはりあなたの将来が期待されます」 |
とて、こなたにたてまつれたまへりければ、 |
と言って、こちらに差し上げなさったので、 |
「雪深き野辺の若菜も今よりは 君がためにぞ年も摘むべき」 |
「雪の深い野辺の若菜も今日からは あなた様のために長寿を祈って摘みましょう」 |
とあるを、「さぞ思すらむ」とあはれなるにも、「見るかひあるべき御さまと思はましかば」と、まめやかにうち泣いたまふ。 |
とあるのを、「きっとそのようにお思いであろう」と感慨深くなるのも、「これがお世話しがいのあるお姿と思えたら」と、本気でお泣きになる。 |
閨のつま近き紅梅の色も香も変はらぬを、「春や昔の」と、異花よりもこれに心寄せのあるは、飽かざりし匂ひのしみにけるにや。後夜に閼伽奉らせたまふ。下臈の尼のすこし若きがある、召し出でて花折らすれば、かことがましく散るに、いとど匂ひ来れば、 |
寝室の近くの紅梅が色も香も昔と変わらないのを、「春や昔の」と、他の花よりもこの花に愛着を感じるのは、はかなかった宮のことが忘れられなかったからあろうか。後夜に閼伽を奉りなさる。身分の低い尼で少し若いのがいるのを、呼び出して折らせると、恨みがましく散るにつけて、ますます匂って来るので、 |
「袖触れし人こそ見えね花の香の それかと匂ふ春のあけぼの」 |
「袖を触れ合った人の姿は見えないが、花の香が あの人の香と同じように匂って来る、春の夜明けよ」 |