第六章 浮舟の物語 薫、浮舟生存を聞き知る
7. 薫、明石中宮に対面し、横川に赴く
本文 |
現代語訳 |
「あさましうて、失ひはべりぬと思ひたまへし人、世に落ちあぶれてあるやうに、人のまねびはべりしかな。いかでか、さることははべらむ、と思ひたまふれど、心とおどろおどろしう、もて離るることははべらずや、と思ひわたりはべる人のありさまにはべれば、人の語りはべしやうにては、さるやうもやはべらむと、似つかはしく思ひたまへらるる」 |
「思いがけないことで、亡くなってしまったと存じておりました女が、この世に落ちぶれて生きているように、人が話してくれました。どうして、そのようなことがございましょうか、と存じますが、自分から大胆なことをして、離れて行くようなことはしないであろうか、とずっと思い続けていた女の様子でございますので、人の話してくれたような事情では、そのようなこともございましょうかと、似ているように思われました」 |
とて、今すこし聞こえ出でたまふ。宮の御ことを、いと恥づかしげに、さすがに恨みたるさまには言ひなしたまはで、 |
と言って、もう少し申し上げなさる。宮のお身の上の事を、とても憚りあるように、そうはいっても恨んでいるようにはおっしゃらないで、 |
「かのこと、またさなむと聞きつけたまへらば、かたくなに好き好きしうも思されぬべし。さらに、さてありけりとも、知らず顔にて過ぐしはべりなむ」 |
「あのことを、またこれこれとお耳になさいましたら、頑固で好色なようにお思いなさるでしょう。まったく、そうして生きていたとしても、知らない顔をして過ごしましょう」 |
と啓したまへば、 |
と申し上げなさると、 |
「僧都の語りしに、いともの恐ろしかりし夜のことにて、耳も止めざりしことにこそ。宮は、いかでか聞きたまはむ。聞こえむ方なかりける御心のほどかな、と聞けば、まして聞きつけたまはむこそ、いと苦しかるべけれ。かかる筋につけて、いと軽く憂きものにのみ、世に知られたまひぬめれば、心憂く」 |
「僧都が話したことですが、とても気味の悪かった夜のことで、耳も止めなかったことなのです。宮は、どうしてご存知でしょう。何とも申し上げようのないご料簡だ、と思いますので、ましてその話をお聞きつけなさるのは、まことに困ったことです。このようなことにつけて、まことに軽々しく困った方だとばかり、世間にお知られになっているようなので、情けなく思っています」 |
などのたまはす。「いと重き御心なれば、かならずしも、うちとけ世語りにても、人の忍びて啓しけむことを、漏らさせたまはじ」など思す。 |
などと仰せになる。「とても慎重なお人柄なので、必ずしも、気安い世間話であっても、誰かがこっそりと申し上げたことを、お漏らしあそばすまい」などとお思いになる。 |
「住むらむ山里はいづこにかはあらむ。いかにして、さま悪しからず尋ね寄らむ。僧都に会ひてこそは、たしかなるありさまも聞き合はせなどして、ともかくも問ふべかめれ」など、ただ、このことを起き臥し思す。 |
「その住んでいるという山里はどの辺であろうか。どのようにして、体裁悪くなく探し出せようか。僧都に会って、確かな様子を聞き合わせたりして、ともかく訪ねるのがよかろう」などと、ただ、このことばかりを寝ても覚めてもお考えになる。 |
月ごとの八日は、かならず尊きわざせさせたまへば、薬師仏に寄せたてまつるにもてなしたまへるたよりに、中堂に、時々参りたまひけり。それよりやがて横川におはせむと思して、かのせうとの童なる、率ておはす。「その人びとには、とみに知らせじ。ありさまにぞ従はむ」と思せど、うち見む夢の心地にも、あはれをも加へむとにやありけむ。さすがに、「その人とは見つけながら、あやしきさまに、形異なる人の中にて、憂きことを聞きつけたらむこそ、いみじかるべけれ」と、よろづに道すがら思し乱れけるにや。 |
毎月の八日は、必ず仏事をおさせになるので、薬師仏にご寄進申し上げなさろうとお出かけになるついでに、根本中堂には、時々お参りになった。そこからそのまま横川においでになろうとお考えになって、あの弟の童である者を、連れておいでになる。「その人たちには、すぐには知らせまい。その時の状況を見てからにしよう」とお思いになるが、再会した時の夢のような心地の上につけて、しみじみとした感慨を加えようというつもりであったのだろうか。そうはいっても、「その人だと分かったものの、みすぼらしい姿で、尼姿の人たちの中に暮らしていて、嫌なことを耳にしたりするのは、ひどくつらいことであろう」と、いろいろと道すがら思い乱れなさったことだろうか。 |