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. まいて、臨時の祭の調楽などは
  本文  現代語訳
  まいて臨時の祭調楽などはいみじうをかし。主殿寮の官人長き松をたかくともして、頸(くび)は引き入れていけば、さきはさしつけつばかりなるに、をかしう遊び、笛吹き立てて、心ことに思ひたるに、君たち日の装束して立ちどまり、物いひなどするに、供の隨身(ずいじん)どもの、前駆(さき)を忍びやかにみじかう、おのが君たちの料(れう)に追ひたるも、遊びにまじりてつねに似ずをかしう聞ゆ。   それにしても、賀茂の臨時の祭の試楽は、大変趣深い。主殿寮(とのもりょう)の役人首はえりの中に引き込めて歩くので、松明(たいまつ)の先端は今にも物に突き当てそうな程なのに、面白く音楽を奏で、笛を吹きながら、格別な感じだと思っていると、貴公子達が束帯姿で立ち止まり、おしゃべりなどするが、供の者が、ひそやかに短く、自分の主君のために先払いするのも、(狩猟や酒宴の)遊びと見分けがつかず、いつもと違って、おもしろく見える。
   
 なほあげながら帰るを待つに、君たちの聲(こゑ)にて、「荒田に生ふるとみ草の花」とうたひたる、このたびはいますこしをかしきに、いかなるまめ人にかあらん、すくずくしうさしあゆみて往ぬるもあれば、わらふを、「しばしや。『など、さ、夜を捨てていそぎ給ふ』とあり」などいへば、心地などやあしからん、倒れぬばかり、もし人などや追ひて捕ふると見ゆるまで、まどひ出づるもあめり。  格子をあげたまま楽人達が帰るのを待っているときに、男の方の声で「荒れた田に生える稲の花」と、詠っている。今回は、いま少し趣深く、どういう誠実な人であろうか、生真面目にそっと歩いて立ち去ってしまう人もあれば、笑って、「ちょっとお待ちなさいな。『何でそう夜を捨ててお急ぎなさる。』」などと言えば、その人は気分で心悪いのか、今にも倒れそうに、もしや誰かが追って来て捕えるのかと見える程、あたふたと出てゆくのもいるようだ。
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 前段とは別個の主題。  
 

1 まいて…能因本「まして」。「まいて」はその音便。「まいて」は後人の加筆か。堺本・前田本「うちにてみるは」。

2 臨時の祭…賀茂の臨時の祭と石清水の臨時の祭とあり、ここは前者で十一月下の酉の日に行われる。

3 調楽…祭の当日行われる歌舞を、予め楽所で調習すること。但しここは清涼殿の東庭において祭の二日前に行われる試楽のことと解される。公事根源に「試楽は調楽ともいへり。まづ音楽を調べ試みる心なり」と見える。

4 主殿寮の官人…主殿寮(とのもりょう)の役人。宮内省に属し、庭園の清掃、節会の松明・庭燭などをつかさどる。

5 長き松…松明(たいまつ)をいう。

6 遊び…「遊ぶ」はもっぱら音楽の事にいう。

7 日の装束…「日の装束」は朝服で束帯をいう。衣冠を宿直装束というのに対する。

8 前駆…騎馬で先払いする事を「さき追ふ」という。

9  あげながら…一般に「明けながら」と解するが、前田本・堺本の「よふけぬれと(堺本は)猶あけて…」を重視し、「あげながら」の説に従いたい。

10荒田に …風俗歌、荒田に「あらたに生ふるとみ草の花、手に摘みれて宮へまゐらむ、なかつたえ」とある。とみ草は稲、「摘みれ」は、つみ入れの約音。

13 夜を捨てて…出典があるか。通説には他の女房の詞とする。