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6. 大地震

本文

現代語訳

語彙

また同じころかとよおびたたし大地震ふること侍りき。そのさま世の常ならず、山は崩れて河を埋み、海は傾きて陸地をひたせり。土裂けて水涌き出で割れて谷にまろび入る。なぎさ漕ぐ船は波にただよひ、道行く馬は足の立ち処を惑はす。都のほとりには、在々所々堂舎塔廟ひとつとして全からず、或は崩れ或は倒れぬ。塵灰たちのぼりて、盛りなる煙のごとし。地の動き、家の破るる音、雷に異ならず。家の内にをれば忽にひしげなんとす。走り出づれば、地割れ裂く。羽なければ、空をも飛ぶべからず。龍ならば雲にも乗らむ。恐れのなかに恐るべかりけるはただ地震なりけりとこそ覚え侍りしか。かくおびたたしくふることは、しばしにて止みにしかども、その名残しばしは絶えず、世の常驚くほどの地震、二三十度ふらぬ日はなし。十日廿日過ぎにしかば、やうやう間遠になりて、或は四五度、二三度、もしは一日まぜ、二三日に一度など、おほかたその名残三月ばかりや侍りけむ。

また、たしか同じ年ぐらいだったと思うが、甚だしく大きな地震があった。その有様といったら、もう、通常の地震ではなく、山が崩れて川を埋めたり、海が傾いて陸地を水に漬からせたり、地面が裂けて、そこから水柱が立ったり、大岩が割れて谷にころがりこんだりした。浜伝いの船は波に漂い、道を歩いている馬は足の踏み場に困る。京都の近所では、そこここでも、お寺のお堂や塔が被害を受け、満足に残ったのは一つもなく、こわれたり倒れたり。その塵灰の立ちのぼるさまが、盛んな煙のようだった。地面が動き、家がこわれる音といったら、雷と変わらない。家の中にいれば、急につぶされてしまう。外へかけだせば、地割れが走る。羽根がないから、空も飛べない。龍ででもあれば雲にも乗れよう。地震こそは恐ろしいものの中でも恐ろしいと思うべきものだと痛感したことだった。こういうふうにものすごく揺れることは、しばらくしてやんだけれど、その名残りはしばらくは絶えないで、普通のときならびっくりするほどの地震が、一日に二、三十回揺れない日はない。十日、二十日と過ぎたころ、やっと間遠になって、一日に四、五度、あるいは二、三度ぐらいになり、やがて一日おき、二、三日に一度とか、そうしてはっきり覚えていないが、三か月ぐらい、その余震が残っていたろうか。

おびたたし【夥し】…【形シク】@程度が甚だしい。ものすごい。A騒がしい。B(規模が)非常に大きい。C非常に多い。ここでは@の意。

 

 

 

いはほ【】…【名詞】高くそびえる、大きな岩。◆「ほ」は「秀(ほ)」で、高くぬき出たところの意。

なぎさ【渚・汀】…【名詞】川・湖・海などの波が寄せる所。波打ちぎわ。

 

 

 

 

ぢんくゎい【塵灰】…【名詞】塵(ちり)と灰。特に、火事などの後の灰。

 

 

やぶる【破るる】…【自ラ下二】@こわれる。砕ける。破れる。A傷つく。損なわれる。B成り立たなくなる。だめになる。C負ける。敗北する。敗れる。ここでは@の意。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おぼえ【覚え】…@評判。世評。▽世間からの思われ方。A〔多く「御覚え」の形で〕寵愛(ちようあい)。目上の人からよく思われること。かわいがられること。B感じ。感覚。C記憶。心あたり。思い当たること。D(腕前などの)自信。ここではCの意。

おびたたしく【夥し】@数が甚だ多いA程度が普通でない。甚だしい。B物音や声が激しい。騒がしいC非常にりっぱっである。大がかりだ。ここではAの意。

まどほ【間遠】【名詞】@間隔があいていること。A編み目や織り目があらいこと。ここでは@の意。

   

四大種のなかに、水火風は常に害をなせど、大地にいたりては、異なる変をなさず。昔、斉衡のころとか、大地震ふりて、東大寺の仏の御髪落ちなど、いみじき事ども侍りけれど、なほこのたびにはしかずとぞ。すなはちは人みなあぢきなき事を述べて、いささか心の濁りもうすらぐと見えしかど、月日かさなり、年経にし後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし。

 地・水・火・風の四大種の中で、水・火・風はいつも災いをなすけれども、大地だけは、いつでも動かず、変わったことはしないと誰しも思っていたのに。昔、文徳天皇の斉衡年間とかに、大地震で東大寺の大仏の仏頭が落ちたというひどいことがあったそうだが、それでさえ今度ほどではないという。揺れた当座は、人々もみんな、この世の営みのかいのなさを述べ、少しは欲望にまみれた心も洗われたかのように見えたが、月日がたち、年数がたつと、そんなことは、口に出して言う者さえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

おぐし【御髪】…他人の頭髪,また頭の敬称。

いみじき【いみじ】…【形シク】@はなはだしい。並々でない。Aよい。すばらしい。Bひどい。恐ろしい。ここではBの意。

はべり【侍り】…【自ラ変】@おそばにいる。ひかえている。お仕えする。▽「あり」「居(を)り」の謙譲語。Aあります。ございます。おります。▽「あり」「居(を)り」の丁寧語。ここではAの意。

しかず【如かず・及かず・若かず】…〔「…にしかず」「…にはしかず」の形で〕(…に)及ばない。(…に)越したことはない。


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1 同じころかとよ…じつは前記の飢渇の時より三年後、元暦二(一一八五)年七月九日のこと。この大地震については、『平家物語』巻十二「大地震」に同文または類似の箇所がある。

2 おびたたしく…ここは数量の多いことをいっているのではなく、むしろ、はなはだしい度はずれた大きさで、の意。ただし、それは地震の回数の多かったことを思い出しながらこの言葉が出てきたのではあろう。

3 ふる…自動詞(四段)。揺れる、震ふ、の意。

4 海は傾きて…「傾きて」とは名文である。実際に津波を見て書いているのではないだろうが、海面に大波が起こって、水平が破れそうな、あの感じをよくとらえている。

5 土裂けて水涌き出で…これは実際にある。長明も見ていたのだろう。噴水のように地割れから水があがったりする。

6 惑はす…「惑はす」は他動詞だが、ここは、馬は自分の脚の地面を踏み立てる所がわからなくなる、の意。

7 在々所々…あちこち、そこここ。この表記で、「在所在所」と読むことも可能である。

8 …「や」は嘆声。

9 四大種…仏教で、あらゆる物体を成り立たせている根本のものを、地・水・火・風の四者と考えた。四大、ともいう。

10 斉衡のころ…斉衡元(八五四)年十一月改元から同四(八五七)年二月改元までの年号。斉衡二(八五五)年五月庚午(二十三日)東大寺から大仏の頭が落ちたと奏言してきたと『文徳実録』にある。その前後に地震があったことも書いてある。

11 すなはちは…その当座。直後は。

12 あぢきなきつまらない。努力する意味がない。

以上、火事・辻風・都遷り・地震において、とかく家屋を取り上げて書きつらねているのは、以下に示されるような、自分が貴族らしい邸宅に住みえなかったことについての欲求不満が、長明の心の底にあったためであろうか。




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