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9. 方丈

本文

現代語訳

語彙

ここに六十の露消えがたに及びて、さらに 末葉の宿りを結べる事あり。いはば旅人の一夜の宿を作り、老いたる蚕の繭をいとなむがごとし。これをなかごろの栖にならぶれば、また、百分が一に及ばず。とかくいふほどに齢は歳々にたかく、栖は折折に狭し。その家のありさま、世の常にも似ず。広さはわづかに方丈、高さは七尺が内なり。所を思ひ定めざるがゆゑに、地を占めて作らず。土居を組みうちおほひを葺きて継目ごとにかけがねを掛けたり。もし心にかなはぬ事あらば、やすく外へ移さむがためなり。そのあらため作る事、いくばくの煩ひかある。積むところわづかに二車の力報ふほかには、さらに他のようとういらず。

さて六十の、死ぬ間際になって、余生の住まいを設計した。いわば、旅人の最後の夜の宿、老いた蚕の繭づくりのようなものである。これをちょっと昔の住みかとくらべれば、百分の一にもならない。とやかくいっているうちに、段々年をとり、住居は移すたびに狭くなった。その家の有様というのが尋常ではない。広さは、たった一丈四方、高さは七尺かそこら。どこといって、建てる場所を決めたものではないので、地ごしらえがしてない。いきなり地べたに四本の丸太を横たえてこれを組み、その四隅の上に柱を立てる。いわゆる土居だ。屋根は打ち覆い、柱も板も、指しこんでないところは、みんな掛け金で留めてある。もし、おもしろくないことがあったときは、たやすくほかの所へ引っ越せるように、そうしてあるのだ。移築するのは簡単だ。いかほどのめんどうがあろうか。車に積んで、たった二台。その運び賃さえ払えば、あとは何の費用もいらないのである。

むすぶ【結ぶ】…【他バ四】@端と端をつなぎ合わせる。結び合わせる。A結び目を作る。結び文を作る。B縫い合わせる。C構える。編んで作るD契る。約束する。E形作る。生じさせる。ここではCの意。

 

 

なかごろ【中頃】…【名詞】昔と今との中間。あまり遠くない昔。

 

 

 

 

 

 

 

 

つちゐ【土居】…【名詞】@(帳台・几帳(きちよう)などの)柱の下の土台。A(家の)柱を立てる土台。ここではAの意。

うちおほひ【打ち覆ひ】…【名詞】ちょっと上をおおうだけの簡単な屋根。仮ごしらえの屋根。

 

 

 

 

 

 

 

わづらひ【煩ひ】…【名詞】@苦労。心配。悩み。A病気。ここでは@の意。


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1 六十の露消えがた…序章の「その主と栖と無常を争ふさま、いはばあさがほの露に異ならず」と対応する。今、自分はもう六十で、あと何年生きられるかわからないのに、またも住みかを変更するのだから、こう叙したのである。

2 さらに…原本「に」なし。前田本などにより補う。

3 末葉…木末(梢)の葉はここでは時代の意味で使っているらしい。一生の末(終)の時代。老年期。

老いたる蚕の繭をいとなむがごとし…自分が方丈の庵を営む行為を、蚕が繭を作ることにたとえている点は、この比喩そのものが『池亭記』以外、ほとんど類例のない独特な巧妙なものであると同時に、無意識に閉鎖的な作者の心情を露呈しているという意味でも記憶しておくべきである。

5 栖は折折に…住居を変更した、そのたびごとに。

6 方丈…一丈平方。約九u。ただし、一間半(約一一・七m)四方の四畳半と考えてよかろう。※住居の広さに異常な関心を持っていた長明にとって、「方丈」の住まいは、後述の維摩居士の故事に思いつき、また励まされたものであろう。どうせ小さな家なら、いっそ極限を、そしてそれが由緒のあることだからいっそう都合がよい、と考えたのであろう。

7 地を占めて作らず。土居を組み…しっかりと基礎固めせず、地面の上にやや大きな平らな石でもすえて、その上に長さ一丈の丸太を四本、正方形に切り組んだ程度の土台であろう。

8 うちおほひを葺きて…簡単な屋根であろう。二枚か四枚かに分けられるはずである。

9 継目ごとにかけがねを掛けたり…掛け金をかげて、板と板や、板や柱との継ぎ目を固定してあるのだろう。掛け金をはずせば分解できるのであろう。

10 積むところわづかに二両…「両」は車両の両。車に積んでわずかに一石分。

11 車の力…車を引く者の運賃。

12 報ふ…他動詞ハ行四段。報ゆ(ヤ行二段)と同じ。

13 ようとう…用度。費用。