89. なまめかしきもの
  本文  現代語訳
  なまめかしきもの ほそやかにきよげなる君たちの直衣姿。をかしげなる童女の、うへの袴など、わざとはあらでほころびがちなる、汗衫(かざみ)ばかり着て、卯槌・薬玉などながくつけて、勾欄のもとなどに、扇さしかくしてゐたる。  優雅なもの。 愛らしげな少女が、上袴など、わざとらしくはなく、しかもほころびの多いのや(「ほころび」は着付の一種か)、童女の表着ばかり着て、卯槌・薬玉などを長くつけて、勾欄のもとなどに、扇で顔を隠して座っている姿などは優美である。 
  薄様の草子。柳の萌え出でたるに、あをき薄様に書きたる文つけたる。三重がさねの扇。五重はあまりあつくなりて、もとなどにくげなり。いとあたらしからず、いたうものふりぬ檜皮葺の屋に、ながき菖蒲をうるはしうふきわたしたる。あをやかなる御簾の下より、几帳の朽木形いとつややかにて、紐の風に吹きなびかされたる、いとをかし。  鳥の子紙の薄い綴じ本。柳の芽の出はじめた枝に、青い薄様に書いた手紙を結びつけてあるもの。三重がさねの扇。五重はあまりあつくなりて、もちてなど憎らしい。それほど古びてもいない檜皮葺の屋根に長い菖蒲をきちんとそろえて葺き並べてある。青々しい御簾の下より、几帳の帷子の模様が、とてもつややかに見えて紐が風に吹きたなびいている、大層趣がある。 
   
  しろき組のほそき。帽額あざやかなる。簾の外・勾欄に、いとをかしげなる猫の、あかき首綱にしろき札つきて、村濃の綱ながう引きて、いかりの緒、組のながきなどつけて引きありくも、をかしうなまめきたり。   白い組糸の細いもの。帽額の色の鮮明なもの。簾の外・勾欄にいる、大変かわいい猫の、赤い首綱に白い札付けて村濃染の綱を長く引いて、いかりの緒、組紐の長いのをつけて練り歩くのも面白く優雅なものだ。 
  五月の節のあやめの蔵人。菖蒲のかづら、赤紐の色にはあらぬを、領布・裙帶などして、薬玉、親王たち・上達部の立ち並み給へるに奉れる、いみじうなまめかし。取りて腰に引きつけ、舞踏し、拝し給ふも、いとめでたし。   五月五日の節日の菖蒲や薬玉を親王・公卿に伝える女官。菖蒲の髪飾をつけ〔大嘗祭等に小忌衣(おみごろも)につける〕紅色の紐ではないが、領布・裙帶など、薬玉を、親王・上達部たちが立ち並ぶもとにささげるのも優雅なものだ。お礼の拝舞をなさるのも奥ゆかしい。 
   
  むらさきの紙を包み文にて、房ながき藤につけたる。小忌の君たちもいとなまめかし。  紫の紙で包んだ手紙を、房の長い藤につけたもの。大甞会・新甞会等に小忌衣(白布に山藍で膜様を摺り出す)を着て神事に奉仕する君達も大変優雅だ。