桐壷 第一章 光源氏前史の物語 | |
3.若宮の御袴着(三歳) | |
本文 | 現代語訳 |
この御子三つになりたまふ年、御袴着のこと一の宮のたてまつりしに劣らず、内蔵寮、納殿の物を尽くして、いみじうせさせたまふ。それにつけても、世の誹りのみ多かれど、この御子のおよすげ もて おはする御容貌 心ばへありがたくめづらしきまで見えたまふを、え嫉みあへたまはず。ものの心知りたまふ人は、「かかる人も世に出でおはするものなりけり」と、あさましきまで目をおどろかしたまふ。 | この御子(みこ)が三歳になる年に、御袴着の儀式を一の宮がお召しになったのに劣らず、内蔵寮や納殿の物をふんだんに使って、大変に盛大にさせなさる。それにつけても、世人の非難ばかりが多かったが、この御子が成長なさっていらっしゃるお顔だちやご性質が世間に類なく素晴らしいまでにお見えになるので、お憎みきれになれない。ものごとの情理がお分かりになる方は、「このような方もこの末世にお生まれになるものであったよ」と、驚く思いで目を見張っていらっしゃる。 |
1 袴着【はかまぎ】…皇族・貴族の子供が初めて袴を着用する儀式。男女ともに行い、古くは三歳、後には五歳または七歳のときに行った。「着袴(ちやくこ)」とも。 2 一の宮【いちのみや】…【名詞】①第一皇子。第一皇女。②その国の神社の中で、第一位に待遇される由緒ある神社。ここでは①の意。 3くらづかさ【内蔵寮】…「中務省(なかつかさしやう)」に属し、天皇の宝物や日常の物品の調達・保管や、儀式の準備などを担当した役所。「くらのつかさ」「くられう」とも。 4をさめどの【納殿】【納め殿】…金銀・調度・衣服などを収納しておく所。内裏(だいり)では宜陽殿(ぎようでん)に歴代の宝物(ほうもつ)などを納めた。 5だいり【内裏】…【名詞】①天皇の住まい。皇居。禁裏。②天皇。※①の内裏は大内裏(だいだいり)の中の一部分で、紫宸殿(ししんでん)・清涼殿などや、後宮(こうきゆう)の御殿が含まれている。 6ぎようでん【宜陽殿】…【名詞】内裏(だいり)の殿舎の一つ。歴代の楽器・書籍などの御物(ぎよぶつ)を収納する。 7 そしり【誹り】…【名詞】悪口。非難。 8およすく【およすげ】…【自カ下二】①成長する。大人になる。②大人びる。ませる。③老成する。④地味である。地味にする。ここでは①の意。 9もて…【接頭語】動詞に付いて、意味を強め、また、語調を整える。「もてかしづく」「もて興ず」「もてわづらふ」 10おはす【おはする】…【自サ変】①いらっしゃる。おいでになる。おありになる。▽「あり」の尊敬語。②いらっしゃる。おいでになる。お越しになる。▽「行く」「来(く)」の尊敬語。ここでは①の意。 11かほかたち【容貌】…【名詞】顔だち。顔つき。容姿。 12こころばへ【心ばへ】…【名詞】①気立て。②心遣い。配慮。③風情。趣。ここでは①の意。 13もののこころ【ものの心】…【名詞】物事の真の意味。道理。また、物事の情趣。 14あさましき…【あさまし】…【形シク】①驚くばかりだ。意外だ。②情けない。興ざめだ。③あきれるほどひどい。④見苦しい。みっともない。 |
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