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賢木

第一章 六条御息所の物語 秋の別れと伊勢下向の物語

3. 伊勢下向の日決定

 

本文

現代語訳

 御文、常よりもこまやかなるは、思しなびくばかりなれど、またうち返し、定めかねたまふべきことならねば、いとかひなし。

  男は、さしも思さぬことをだに、情けのためにはよく言ひ続けたまふべかめれば、まして、おしなべての列には思ひきこえたまはざりし御仲の、かくて背きたまひなむとするを、口惜しうもいとほしうも、思し悩むべし。

 後朝の御文、いつもより情愛濃やかなのは、お気持ちも傾きそうなほどであるが、また改めて、お思い直しなさるべき事でもないので、まことにどうにもならない。

  男は、それほどお思いでもないことでも、恋路のためには上手に言い続けなさるようなので、まして、並々の相手とはお思い申し上げていられなかったお間柄で、このようにしてお別れなさろうとするのを、残念にもおいたわしくも、お思い悩んでいられるのであろう。

 旅の御装束よりはじめ、人びとのまで、何くれの御調度など、いかめしうめづらしきさまにて、とぶらひきこえたまへど、何とも思されず。あはあはしう心憂き名をのみ流して、あさましき身のありさまを、今はじめたらむやうに、ほど近くなるままに、起き臥し嘆きたまふ。

 旅のご装束をはじめとして、女房たちの物まで、何かとご調度類など、立派で目新しいさまに仕立てて、お餞別を申し上げになさるが、何ともお思いにならない。軽々しく嫌な評判ばかりを流してしまって、あきれはてた身の有様を、今さらのように、下向が近づくにつれて、起きても寝てもお嘆きになる。

 斎宮は、若き御心地に、不定なりつる御出で立ちの、かく定まりゆくを、うれし、とのみ思したり。世人は、例なきことと、もどきもあはれがりも、さまざまに聞こゆべし。何ごとも、人にもどきあつかはれぬ際はやすげなり。なかなか世に抜け出でぬる人の御あたりは、所狭きこと多くなむ。

 斎宮は、幼な心に、決定しなかったご出立が、このように決まってゆくのを、嬉しい、とばかりお思いでいた。世間の人々は、先例のないことだと、非難も同情も、いろいろとお噂申しているようだ。何事でも、人から非難されないような身分の者は気楽なものである。かえって世に抜きん出た方のご身辺は窮屈なことが多いことである。



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